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2014年11月

度量衡(どりょうこう) ③

江戸時代は江戸と京都に秤座(はかりざ)・枡座(ますざ)が作られ、秤や枡の製造や販売はそこでしか許されず、そのために枡の大きさや重さの基準はほぼ統一された。

明治になると、度量衡の製造は地域ごとに一器一人の免許制になり、度量衡器の検定が始まった。さらに、明治24年(1891)には度量衡法は、法律によって国際的な基準のメートル法が使用できるようになり、尺貫法と両方の単位が使われるようになった。

※メートル法(メートルとキログラムを基礎とした単位系)

その後、政府は尺貫法をやめて度量衡をメートル法に統一しようとするが、尺貫法保存運動が起き、この統一案は延期された。

最終的には、昭和34年(1959)一般の商取引で、昭和41年からは土地建物で尺貫法の使用が禁止され、漸く日本のメートル法が統一された。

現在は平成4年(1992)の計量法改正により、国際単位系(SI)に統一されている。

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三重県四日市市にある「秤乃館」

写真は館長の秤屋健蔵氏(本名は小林さん)です。

40年以上にわたって世界各地で収集した1万点の秤が収蔵されています。

私自身は昨年の3月に行ってきましたが、残念なことに今年の3月に閉館されました。

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ドリル6&7解説書

12月1日 『ドリル6&7』解説書を発売!

内容については、「全国大会」で詳しく講話します。

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金城幼稚園・石川県本部講習会

毎年11月は、金城幼稚園(保護者講演会)と石川県本部講習会が開催される。今年も3泊4日というスケジュールで無事終わることができてよかった。

金城幼稚園の保護者講演会は9年目となり、初めて教えた幼児は中学生になっている。幼稚園の先生の言葉から「今でも数あそびのことを覚えている」と教えて貰った。指導者としては感無量である。

今回は母親からの強い要望もあり、「かけ算とわり算」がテーマとなった。これは次の日の石川県本部講習会へと続く内容なので、正直6時間この内容を話すことはしんどかった。

「人間はある目標があれば必ず到達できる」と言われるが、それは実際に体験をしてからの言葉だと思う。さらに勉強は日々習慣づけて行えばできるものだが、それも体験しないと理解できない。

したがって、自分も指導者である以上、皆と同じように努力あるのみだと思っている。

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度量衡(どりょうこう) ②

日本の度量衡は、701年の「大宝律令」から始まった制度である。この「大宝律令」に携わったのは、刑部親王(天武天皇の息子 天智天皇の甥)・藤原不比等(藤原鎌足の息子)等である。

その後、時代が過ぎると共に、度量衡の基準がばらばらになってしまった。つまり、人間が決めたものは勝手に書き換えられるということだ。その後、豊臣秀吉の「太閤検地」(実際は石田三成がプラン化したらしい)の際に、1間(1けん)の長さ、1反(1たん)の大きさをほぼ統一したのである。

天下を統一するということは、武力だけに止まらず、度量衡の基準も統一しなければならないということである。

※ 写真は滋賀県長浜市の「観音寺」で撮影

  三成が秀吉に3杯のお茶をたてたお寺(三成小僧時代)

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度量衡(どりょうこう) ①

度量衡とは、はかるものの中でも最も基本的な長さや体積、重さのことをいい、それぞれをはかるための道具「ものさし」「枡」「秤」も意味している。

人間がはかる行為を始めた頃は、手の幅やひじの長さや両手ですくえる量というように、体を使って測定していた。(中国・朝鮮・日本に通じる長さの単位(尺)の文字は、手のひらを広げて物を測る形に由来している。)

日本の度量衡は中国の影響を大きく受けていることは言うまでもないが、中国の度量衡の基本は「黄鐘管(こうしょうかん)」という音律の笛からできている。

これはクロキビ(穀物)を使い、笛の長さ分の90粒を9寸とし、笛の中に入るクロキビの量1200粒を1龠(やく)とし、その重さを12銖(しゅ)とし、これを長さや体積、そして重さの基準とした。

※中国では紀元前3世紀頃に秦の始皇帝が度量衡を統一した。写真はその後の新の時代に作られた度量衡の基準を示す「新嘉量(しんかりょう)」であるが、これを見ると、当時の一升の量や一尺の長さがわかる。

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この度量衡が日本に伝わり、明治以降は「尺貫法」と言われるようになった。

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