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2011年12月

ありがとうございました

今年も残すところあと1日となり、無事に1年を過ごせたことは何よりである。最近は、日々のコンディションも安定し仕事も多いので、心身ともに充実している。

来年もこのまま継続するには、「毎日をどう過ごすか?」に尽きるが、生産性のある人生は、生産性のある日々の積み重ねだから、その日の目標はその日に終わるように心掛けるのが常である。

1月2日に『会報31号』を発送する予定。到着したら即!読んで欲しい。正月の三ケ日は、「宅配されず」というケースが希にあるので、届かない先生は事務局まで御一報ください。

来年も今年同様によろしくお願いします。1年間ありがとうございました。

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『テキスト』への思い

そもそも発明や新しいアイデアは、無から有を作ることはできない。今年発売した『メートルものがたり』と来年発売する『メートルワールド』も、「メートル法」を基にした『テキスト』であるので、既存のものからの変化に過ぎない。

『テキスト』は、子どもの成長に合わせ、尚且つ学校や社会から習得していく知識を基盤として、珠算塾のシステムに合わせて創造していかなければならない。つまり、珠算と算数の新しいあり方や価値の発見による関係づけである。

今、書いている『メートルワールド』も既存の『テキスト』も、書いては消し、消しては書くという繰り返しがあったわけで、自分にとっては「常套的秩序」への挑戦である。混乱や困難への忍耐力がないと続かないし、結局「限りない満足と限りない不満」の連続なのかもしれない。

今年も残すところ僅かであるが、「本部講習会」、『テキスト』それに『ブログ』も、それなりに満足できた一年だったので「良かった」と思う。

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メートル法

今年発売した『メートルものがたり』の講習は5回あるので、かなり多くの先生が聴講されると思う。ただ、他の『テキスト』も重要なので、3月~6月までの講習会にも是非参加して欲しいものだ。

さて、来年発売の『メートルワールド』も最終段階に入って、現在改訂をしているが、「メートル法」のテキスト制作はかなり難しいと感じている。「メートル法」ができる前に、フランスでは800種類の単位があって、ルイ14世が新しい単位を作るように「王立科学アカデミー」を設立して科学者に依頼した。

当初1年計画の予定だった測量も「フランス革命」が起こった為、結果的には7年を要した。この時代、望遠鏡が「武器」に見えたらしく、科学者が次々と捕らわれ、牢獄暮らしが続いた。この「メートル法」の制定の合言葉は「全ては人々のため、全ての時代のため」である。さらに、ナポレオンも「征服者はいつか去る。だが、この偉業は永遠である」と語った。

どの時代も「世のため、人のため」の姿勢で行うことは重要である。特に、我々は教育に携わる者である以上、個人の利益の前に、「子どもの幸せ」がなければならない。先日、京都の講習会でM先生から「子どもを幸せにする、先生の言葉がずーっと心に残っています。」と褒められた。

今年最後の『メートルものがたり』の講習だったが、まだ、しばらく「メートル」から離れられそうもない。

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滋賀県本部講習会

平成23年の本部講習会も滋賀県を最後に無事終了した。今回は『メートルものがたり』『小数1』「小数2』と、4時間で3冊。全内容を講話するのは到底無理だが、何とか参加された先生が満足のいくものはないかと考えた結果、『小数2』は全体の構造を、『秘策のパネル』を使ってピンポイントで話した。たぶん今までの『小数2』とは、全く違った感覚で捉えて頂けたと思うし、今回参加された先生方にとっても、最大の収穫で超ラッキーであったに違いない。

「連続量」から始まった話も、最後は「小数・分数の世界」に入り込んでいく。この流れから、やはり算数は「繋がっている」ということを認識して欲しいものだ。特に小数は十進構造をもっているので、尚更そろばんを上手く使うことで構造の理解を深めることになる。「そろばんと算数の融合」は言わば「未知との遭遇」のようなものだから、この先の結果は予測し難いが、これが逆に人生を賭けてもよいほどの仕事に化けてしまう。

今回の「滋賀県本部講習会」の垂れ幕は、めちゃめちゃグッド!だった。だんだん会員が本気にこの教育にのめり込んで指導をしている証拠であろう。中途半端な気持ちでプロと言うならば、それは児童や保護者様に対して大変失礼なことである。

今年も満足な1年だった。感謝の気持ちを込めて今年一年を終えると共に、また来年の講習に備えたい。

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講習は大切に!

昨日、『会報31号』の印刷が終了した。まだ、製本、袋詰めの作業があるが計画通り進んでいるので、会報に携わって頂いた先生方に感謝ですね。「ありがとう」

さて、明日は今年最後の滋賀県本部講習会(京都)が開催される。テーマは石川県本部講習会に続き、『メートルものがたり』、『小数1』であるが、今回は『小数2』もあるので、「連続量の意味」→「単位の換算」→「小数の意味」→「小数の乗除」の関連性が高い講義となる。もちろん、理論的な話が多くなると思うがそこは逃さずしっかり聴いてほしい。

それにしても、最近はどこの県も受講者が多い(重複して参加)ので、入り口は意図的に変えているが、出口(結論)はいつも通り同じ結論になる。これをオーディオで例えていうならば、入り口の「プレーヤー」と出口の「スピーカー」によい機器を配置しないと、良い音は鳴らないということと同じであろう。つまり、アンプが劣っても問題無いということだ。

よい音を聴くと「耳が肥える」と言うが、講習会も数回聴くと確実に「頭脳が肥える」。講習会に参加する際は、是非「よい音」を探してください。

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計数そろばんと数観念

写真の①の三角形を見て、大人は三角形の上に紙がのっていると見なすことができる。

イギリスのバウアー(ミネソタ大学教授)が幼児に行った「知覚」の実験でも、条件づけをすると、①=② ①≠③ ①≠④という結果が統計的に証明されている。欠損していても△と見なすことができるのは、見ている対象そのものが持っている性質に反応できるということに他ならない。さらに、この性質を構造化していくことが知覚であり、知覚から認識が獲得できるわけである。

計数そろばんは、布数した数の下に絶えず10の補数が見えることで、普通のそろばんに移行しても問題なく補数を認識できるようになるし、無理に「たし算九九」を覚える必要もないのである。これは、△の図と同様に、構造が違えば知覚も認識も異なるので、「7+3」「10-7」などの10の合成分解は、計数そろばんの方がはるかに優れていることになる。

例えば、「7」を普通のそろばんに布数した時と、計数そろばんに布数した時を比較すると、普通のそろばんは7の下に2個の珠が見え、計数そろばんの下には3個の珠が見える。実際にこの違いを見た児童にとっては、普通のそろばんと計数そろばんは「構造が違う」だけでは済まされない重要な問題なのである。なぜなら、普通のそろばんを「9までの数を表す9珠そろばん」と考えるなら、相対的な10をイメージすることが1回もない(永久にない)からである。

相対的な数が知覚できない段階で、これを「認識して欲しい」と言い聞かせても無理だろうし、いくら言葉で「7といくつで10」と質問されても、イメージが湧くはずがない。つまり、数観念は獲得できないということだ!そろばんが「9珠そろばん」でOKなのは、「関係概念」と「数観念」を獲得した後である。

そろばんは機能的に優れた教具であるが、優れているが故に間違った使い方や誤った指導をすると児童が困惑するので、この点を十分に考慮しながら導入して欲しい。

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石川県保護者会

12月10日(土)・11日(日)の両日、石川県で「保護者会」と「本部講習会」が開催された。「保護者会」については、初めての試みだったが、先ずは日頃SSKCLUBに深いご理解を頂いていることについて、心からお礼を申し上げた。

計算には、「実務計算」と「算数的計算」の二面性があるが、現代社会においては、計算機器の発達で、「そろばん」が計算器の役割を果たす機会が少なくなっていることは事実である。

むしろ、「概算」や「見積」のような算数的な「数感覚」を養いながら計算力を高める教育の方が重要視されていることは、保護者様も十二分に納得されたようであった。

高度の計算は、計算機器に任せ、算数における観念や思考力を「そろばん」を使って共存した方が児童は確実に「珠算と算数が融合」できるようになる。さらに、長さや液量のような「連続量」は、単位の換算が難しいが、ソフトとそろばんを使えば必ず理解できるようになる。

保護者様の質疑・感想の中に「現代社会では、難しい計算はエクセルを使えば問題なくクリアできるので、式を作ることや数の判断の方が重要視される。」というご意見があった。全くもって同感である。

思考力や創造力を高められるSSKCLUBは、従来のそろばんが遥か彼方に払拭されたような雰囲気さえ感じとられ、そんな空気が会場全体に漂っていたような気がする。また、『KIDS』の有効性にもご理解頂き、著者としても非常に嬉しい限りである。

写真は、保護者様と児童であるが、「子どもの幸せ」に貢献できる仕事であることに、改めて感謝したいと思った。

石川県の会員の皆さん・金城幼稚園の先生方、大変お世話になりました。ありがとう!

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小数の位

平成23年度から「新・学習指導要領」のもと、新しく教科書が替わった。小数点の右の位について『啓林館』は「1/10の位」、『東京書籍』は「小数第一位」と表記されている。

また、学習順序も『啓林館』は「分数」→「小数」、『東京書籍』は「小数」→「分数」となっている。小数と分数の違いは、小数は十進構造をもっているので、「小数第一位」と表した方が分かり易いというのは言うまでもない。

そろばんは、十進構造がきちんと定まっている教具なので、分数より小数の方が理解し易い。ただし、それぞれの意味と仕組みを理解させることは両者とも重要であるが、いずれ分数と小数は「再構成」され統合されるので、優先順位にあまり拘る必要はないと思う。

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幼児教育について7

幼児は「方向性」が低いが、これは何も鏡文字や左右だけではない。例えば「6」を布数する場合、計数そろばんでは下から上に珠を6個動かせばよいが、そろばんは、5は上から下へ珠を1個、1は下から上へ珠を1個動かすことになる。つまり1と5が逆の動きになる。

幼児の方向性の認識は、一般的に7,8歳児と逆の形態が働いているので、「入れる・はらう」という珠の動きが、1珠と5珠について再構成しなければ理解できないわけである。このように、幼児に「そろばん」を使用することが、果たしてどれだけ高いハードルなのかという点を分析していくとよく分かる。

大人の思考が通用するのは、やはり2学年以上からであり、幼児は計数そろばんで学習した方が、むしろ早く発達すると思われる。最後は「意味の構造」が理解できなければ、そろばんは「条件づけ学習」に陥る可能性が高くなるので、この点を十分認識してほしい。

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幼児教育について6

幼児には、3や4を鏡数字にして書く特性がある。これは3と鏡数字の3が「同じ」「違わない」という認識をしているからであろう。確かに大人から見ると、3と鏡数字3は、明らかに違う。でも、幼児にとっては「ただ向きが違っているだけ」という捉え方をして「違うように見えているが、3には違わない」となるのである。

つまり幼児期は、「知覚的な構成」は違っていても認識は同じであるということだ。これは「空間的に配置が色々と変化しても、コンスタントなものは保持されるので、方向が違っている」という認識ができるわけである。幼児の鏡数字は、大人と違って方向の区別ができないために、鏡数字を誤認してしまうこともあるが、方向がしっかり区別できるようになると、図形の認識もできるようになる。

つまり「上下・左右」が分からなければ図形は認識できないということになる。特に左右の認識は、お母さん方も心配する点であるが、これは「不注意」では片付けられないという気持ちからであろう。

幼児をよく観察しながら授業をすると、一人ひとりの様々な特性が見えてくる。認識と成長の関係は「そろばん」だけでは済まされないので、幼児を教える場合は、「鏡数字」の意味を理解していた方がよい。

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幼児教育について5

幼児が五珠を見て、果たしてそれが「5」を表していると簡単に認識できるのであろうか?そもそも認識とは、「外界を自分の行動システムの中に取り込み、自分にとって意味のある世界に再構成する働き」である。

五珠を見れば、「どういう形で、どういう動きをするのか」という形象が優先される。見えれば動かしたくなる。動かしたから「5」という認識が得られるかと言えば決してそうでなく、動かしてもやはり「1」なのである。では、五珠を見て「1」が「5」であると認識できるようにするには、どうしたらよいのだろうか。

それにはまず、幼児が五珠に含まれている情報を、読み取ることができるかが問題となる。つまり、計数そろばんで5個の珠を動かして「5」と認識してきた情報を、5珠に再構成できるかどうかが重要なのである。

「運珠法」を使えば大量の情報が必要となるが、情報は沢山与えればよいというものではない。むしろ幼児期は少ない情報を的確に与える方が再構成しやすいのである。これは、『ABACUS3A』の6+7の計算をスムーズにできることが何よりの証明であろう。

難しい問題(桁数が多い、口数が多い)を与えると、情報過多に陥ることとなる。SSKCLUBのテキストや教具を最大限生かしたいのなら、指導者の「不適確な情報」を与えることは慎むことが大切である。

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幼児教育について4

『KIDS2』から同じ集合をあわせる(合併)の問題が提示されているが、算数には同じ集合同士をたしたり、ひいたりするというきまりがある。幼児の分類は、大人のように類概念的なものではなく、モノのある場所・色や形・大きさ・好き嫌いなど、前論理的なものに左右される傾向が強い。

ところが、自分が行った分類や総括を、うまく言葉で説明できる幼児はまずいない。この点を考えると、「おなじなかまどうし」をイメージさせる合併や求残は、「計算の意味」を定着させるのに、「KIDS1と分類テキスト」は、非常に有効的な学習といえるであろう。

例えば、車・大人・バイク・帽子・セーター・子ども等をランダムに提示すると、「大人が帽子をかぶって車に乗る」というような物語的な感覚で概括する傾向がある。このように紐解いていくと、1学年の前半でも「助数詞が合わないたし算」をする児童の誤答が証明されてくるのではないだろうか?ましてや、かけ算になれば更に深刻化する。

したがって、幼児期に算数的な分類をしっかり理解させることは極めて重要なことなのである。

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幼児教育について3

『KIDS1』は、「数概念」を中心に編集されている。この分類は学者により異なることもあるが、『SSKCLUBテキスト』の構成は、「分類」「対応」「順序づけ」の3つを概念と位置づけている。

※「合成分解」「数詞」「数唱」「計数」等は数観念としている。

概念の中で一番最初に学習するのは「分類」である。特に珠算では、この分類が今後の合成分解や法則には重要な鍵を握るので、しっかり認識させることが大切である。例えば5・6歳あたりの子どもは、ヘビを「むし」と誤答することが多い。しかし「ヘビとセミは同じなかま」と質問すると、「ちがう」と答えることもある。このように解答が二転三転することは非常に多い。

これは論理的に分類しているわけではなく、直観的な図式でみているからである。ものの概念も、大人のように抽象および一般的な性質で捉えていないので、自分の働きかけや感情、意欲感が左右される。したがって、実際に取り扱う動作や具体的なものでないとなかなか理解できないということになる。

分類は『テキスト』から認識することは無理だが、子どもの認識力を測定するには極めて有効な教材となる。有効的な指導法を学んだにも関わらず、確認すべきポイントを素通りするのは極めて残念である。

子どもが誤答するにはそれなりの理由があるので、その点を見逃さないようにするのが正しい教授法である。

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幼児教育について2

400年の歴史がある「そろばん」を、「計数そろばん」に替えるだけで、幼児の発達(数観念)は著しく成長する。

このような「弁証法的」な捉え方は、現代社会では逆に重要であると思われる。

幼児は日々成長し続けているので、我々のように成長が止まった(退化した)人間とは全く別者として考えた方がよい。

つまり、成長と学習の一致を考えない指導者が、幼児に数を教えることは極めて危険であるということだ。

『KIDS』に「計数そろばん」を取り入れたSSKCLUBのオリジナル幼児教育は、当初、珠算人からも戸惑いや批判があった。

あれから10年経った今、五珠のそろばんより計数そろばんで指導した方が、『ABACUS』は上手く通過できることは、誰しも認めている事実である。

要するに、幼児に五珠(そろばん)を使って合成分解を理解させることは、著者本人が無理だと諭しているのである。

この世の中には「真実」が存在する以上、幼児教育にも「むりなく・かくじつ」に指導できる算数教育や珠算教育がある!と思って止まなかった。だから、この一点にとことんこだわり極め続けてきた。

その結果、珠算業界のみならず、多くの教育関係者から支持を受けるまでに至ったことは、SSKCLUB著者としてこの上ない喜びである。

これから珠算教育を極めたい先生は、「誰に何を学ぶか」を真剣に考えた方がよいだろう。

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幼児教育について1

幼児期は成長と発達が著しく、アメリカの児童心理学者の中には、「成長」は身体的な成長のことを示し、心理的な成長あるいは行動の成長は「発達」と区別している。

つまり、幼児に「そろばんを教えること」は、この成長と発達を考えて教えないと、学習障害が起きる可能性が小学生より高くなってしまうということだ。

特に「外界の関係によって自己展開をして世界を作っていく時期」なので、言葉や数の概念の獲得にあたる初歩的な段階から、これに携わる指導者の能力が極めて重要になることは言うまでもない。

とは言え、一般的にそろばん塾の入塾資格については法的な規定がないので、幼児から自由にそろばんを教えることができる。

ただ安易に計算力向上だけを目指し、幼児期に非常に難しい問題を強制的におしつけると、子どもは発達するのではなく、その場を回避したり、あるいは神経症になったり、あるいは赤ん坊のような状況に戻ることがある。

つまり、成長が「退化」してしまうわけである。

幼児や1学年を教える場合、無理に覚えさせたり訓練させるのは、思考の芽を摘むことに他ならない。

『テキスト』を教えていて誤答が多い時は、まず自分の指導法を反省し、誤答の原因を丁寧に分析し、「諭すように教えること」を心がけて欲しい。

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