熟達の教育
「珠算=計算」という概念は正しいが、それは最終目標である。
幼児には、その前に学ぶことが沢山ある。
1年生になって「計算ができない」というのは、実は「数が分からない」からであり、その原因すら分からなければ「外的な動機づけ」に依存し始める。だが、実はこれが負のスパイラルとなってしまい、児童はますます計算ができなくなり、計算の嫌い度はどんどん加速していく。
幼児期にいくら巧みに「アメとムチ」を使っても、それは一時的なものであり、かえって依存性が高まってしまう。この結果「覚えればOK」という、所謂短期的な思考を助長してしまうのである。
珠算は、本来長期的な学習を必要とされることから、指導者も短期的な報酬を期待しない方が良い。つまり、教育で100%の目標達成など有り得ないので、熟達できるような教育を目指した方が良いということだ。
リーマンショックも、住宅の購入者・ブローカー・トレーダー・政治家が、短期的な報酬だけに狙いを定めた結果である。
このような社会背景まで考えると、先生と生徒の双方が長期的に思考力を高めるという同じ動機づけをもっていないと、真の教育は成し遂げられないと思われる。
『パズル』も長期的に考えれば、創造性や数学力を高める学習となることは言うまでもない。
子供たちの目の輝きを曇らせないように、幼児期から本当に価値のあることだけに指導の焦点を絞り込む。これしかない。
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