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2010年9月

正義の味方

最近「HPを見て入会したい」という問い合わせが多い。それも車で10分~20分かかる距離からである。本心これは、恐縮してしまう通塾距離だが、HPを見て従来のそろばん教育と異なることをきっと理解されての問い合わせだと思う。

SSKCLUBが目指している教育理念は、「思考力の向上」である。民主主義であるからには、当然従来の指導法との「意見の対立」は起きるのは仕方が無いが、その前提には社会から賛同を得るものであれば良いと思っている。

世の中に「算数で困っている」子どもたちがたくさんいるのは、紛れもない事実である。この子どもたちを救うことは、平等な社会の実現でもある。

昔、TVで川内康範原作(森進一のおふくろさんの作詞者)の「月光仮面」というドラマがあった。この歌の中に「正義の味方、善い人よ」という有名なフレーズがあるが、この「正義の味方」も、実は平等な社会をもたらす人ではないだろうか?

ただ月光仮面と違って、SSKCLUBは現実主義に基づいてのことで、決して仮面を被っているわけでは無いのでご安心下さい。

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可逆性

ピアジェの『発達心理』の中で、「知能は可逆性のある問題を解くことによって明らかになる。」と述べている。

確かに『KIDS5』P15のチップを28→29→30と順番に計数することは、さほど難しくはない。

だが、数唱は順唱より逆唱の方が、比較にならない程難しいのである。さらに下段の配列になると、可逆的な能力が無いと迷路に迷い込んだ状態に陥る。

このような可逆的な問題は、いつも順思考と逆思考を並行して指導することで解決できるが、それは指導者の数学的センスに他ならない。

つまり、1ページずつの問題をいかに厚く教えられるかである。

例えば、傘の計数力は傘の順序性も含んでおり、さらに数のポジションまで絡んでくる。

計数後に色を塗って10の集合を作り、傘に番号を付けることにより、集合数と順序数の意味がより明確になる。

また、30の前は29、その前は28と可逆性の意味を同時に教えれば、いずれ遭遇する繰り下がりの問題にまで繋がっていく。

これをただ単に数えるだけで「ハイ、おしまい」では学習効果は半減どころか激減となる。

算数には、点と線、線と面のような広がりがあるので、そのことをふまえながら教えると思考力は高まる。

つまり、このような指導を『解説書』通りに行うことで、児童の可逆的な能力がUPするというわけである。

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ザ・かけ算

月1冊のペースで書いている『解説&解答書』だが、21日(火)に『ザ・かけ算』が発売される。

指導者も子どもも、よく間違えるのが「かけ算=九九」である。日本の場合、九九は1桁×1桁のかけ算のことで、答えは暗記して覚えるように指導されるが、算数は他の教科のように「暗記しなければできない」とは限らない。

1桁のかけ算(九九)でも、同数累加を使えば暗記しなくても積は求められる。

12×2にいたっても、12+12でOKである。

ただ、×7や×8などの問題まで同数累加をいちいち使っていると、非常に不便であるし誤答も増える。したがって、九九を用いると「簡単に求められること」を教えることが重要となる。

だが、指導者が「九九はかけ算をする時に用いるアイテム」と形式的に教え込んだら、児童は九九表にある九九だけを使って計算するようになってしまう。

「九九=1桁のかけ算」と捉えることから、九九の法則を教えなければならないのは言うまでもないが、これでは法則を考えなくなってしまうため、思考力の育成は臨めない。

さらに、数学力はもっとはるか彼方の次元へ吹っ飛んでしまう。

「九九を理解させること」は、「九九を覚えること」ではない。

『解説&解答書』は、指導が曲がらないようなことが書いてあるので、単に答えが書いてある解答書と考えないでほしい。

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パズルテキスト

『パズルテキスト』と聞くと、一見「絵がついたピース」を組み込んでいくように思われる。珠算教育とパズル」 この因果関係は極めて薄いが、「算数教育とパズル」となれば、話は全く違ってくる。現に、上野冨美夫著『算数 パズル辞典』も存在している。

SSKCLUBの理念は「思考力の向上」である。『パズルテキスト』は思考力を駆使して解く問題が扱われているので、「理にかなっている教材」と言える。

『パズルテキスト』は、「数のパズル」「図形のパズル」「推理のパズル」の3本の柱から構成されている。

一般的に「数のパズル」で有名なのが「魔方陣」であるが、このような昔からあるパターン化したような問題は導入していない。

児童が興味をもって思考力を働かせなければ、教材の意図しているものが崩れてしまう。

人間には両義性というものがある。例えば自転車などは、考えて乗れるようにはならない。つまり体で覚えるしかないわけである。珠算も一種これに近いところがあるが、なるべくそれに近づけないような工夫がないと、思考力はなかなか育たない。

両義性・・・体自身が様々な感覚や運動を相互に結びつけて、意味や構造を生み出す。体は常に自分の思い通りに存在するものではない。一人称ではなく、非人称としての側面があること。

千葉学習会で10月と12月に『パズルテキスト』の学習会があるので、近県の先生は是非とも参加して欲しい。

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立商

かけ算九九はスラスラ言えるのに、わり算の答えがなぜ見つからないのか?

『わり算2』のP15~20まで、わり算の問題をパターンに分けて出題してある。この中で一番難しいのは、P18のくり下がる問題であるが、その前に児童がP17の294÷6で直観的に4が立商できるかどうかが大切である。

ほとんどの児童は、6の段の九九を「六一が6 六二12・・・」と順唱するが、これは29÷6→6×□=29と、既習の問題に当てはまらないところが難しいわけである。

ここで困った指導者は「6の段で29に近い答えを探して」と言葉で教えようとする。しかし、言葉で言われると、意味が分からない児童は、言葉が理解できずに消えていく。先生がいったい何を言っているのかますます分からなくなる。

ここで、「6×□=24」を問題の傍に書いてみると、九九の順唱はしなくなり、4を立商するようになる。つまり29÷6は、24÷6が包含されていることが分かれば、あまりのある問題は、あまりのない問題に還元統合されるようになる。

これは学習で理解させなければ定着しない。つまり「あまりのあるわり算」を理解させることが大切であるということである。

さらに、6×□=24は、表記の違いはあっても、「わり算なんだ」という考え方も重要である。

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表記について

9月8日の『SSKCLUBとともに』の中で、「整数、小数と分数の関係を理解する際に、整数と分数、小数と分数は別なものではなく、表記は違っても数としては同じものを表していることを実感させる」と記載されている。

http://with-sskclub.blog.ocn.ne.jp/blog/

長さや液量を測定した時、必ずはんぱな量が出る。このはんぱな量は整数では表せないので小数や分数が必要となったわけである。

分数や小数を同じ量(長さ・液量)を用いて測定すると、分数と小数の共通の大きさが理解できるようになる。これが「表記が違っても数(量)は同じ」ということである。

一般的に量を用いないで分数・小数を教えると、数(量)を飛び超えて「割合」へ繋がってしまう。つまり「数が等しい」のではなく、「操作が等しい」となってしまう。

今回の『SSKCLUBとともに』は、分数の重大な役割を書いて頂いたので、ブログのヒントになった。

発見は調べることから始まる。

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数と計算

先日の『ぱちぱち日記』に掲載された「計算のきまり」だが、これは「きまりを知って覚える」というイメージが強いが、もともとは、数を対象にそれを用いた活動である。

http://ameblo.jp/nakajyuku/entry-10642175459.html

珠算の場合は、「5の合成分解や10の合成分解」がこれにあたる。

例えば「5を入れて2をはらう」「7をはらって10を入れる」等のきまりを知って、覚えた上で操作する。

「数と計算」という立場から、珠算の計算方法は正しいと思われがちだが、実は「演算」という考えのみでは通用しないのである。

「学習指導要領」の解説書には、計算と演算との違いを「計算領域の内容は、知識技能も大切であるが、さまざまな活動を通して数や演算に対する理解を深めていくことを重視する」と書かれている。

つまり「計算のきまり」は、式を用いて表現したり、演算の性質を活用して計算方法を考えたりすることが大切となる。

珠算は与えられた計算問題を「そろばんを使って」計算することが目的であるが、時代の流れからそれが暗算に代わっても、「式を書いたり、考えたりする」ことはしないのが現状である。

『計算のきまり』というテキストは、その点もふまえて編集してあるので、この学習を通過した児童の演算力は、必ずつくといっても過言ではない。

この演算力が無ければ、いくら暗算や筆算に長けていても、算数がよくなるとは限らない。特に4学年以上になれば、ますます演算力が問われるので、指導者の誤った認識は重大である。

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何がしたいのか?

今、民主党の代表選が行われているが最近の政治家の言動を見ていると、「いったい何がしたいのか?」と疑問に思う。いつもブレているトップに我々は振り回されている訳だからたまったもんではない。

珠算教育も昔と違ってソロバンの需要は落ちているし、教育改革によって算数も大きく変わっている。この時代の流れについて行くために、あらゆる教材と指導方法を探しまくるようになる。

しかし理論も無く、取って付けた様な教材では、子どもの学力向上は決して望めない。苦悩する子どもの表情を見ても、尚、一貫性の無い教材で惑わすなら、これは欲望という感情が人間に付きまとっているからである。

SSKCLUBに入会して成功できるのは、欲望より指導者として成長したいという意思が臨界点に達した場合である。従来の指導をSSKCLUBの指導に変えることは、自己の維新に他ならない。

要するに、SSKCLUBの教育理念が正しいと思えなければ絶対に成功はありえないのである。教育理念を理解することは、児童や親の気持ちを理解することであり、その理解を育む場所こそ、講習会である。講習会は同じ志を持った共同体である。この共同体に順応することにより理性が向上する。

「正しいことであれば、無条件にやらなければならない」

教育内容が定まらない、指導方法がブレていれば、児童でさえも「いったいこの塾は何がしたいのか?」疑問に思うであろう。

自分の場合、この教育理念が当初からブレていなかったことが、結局10年を無事に迎えられたことに繋がっていると思う。

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愛媛県本部講習会

今年は9月になっても残暑というより猛暑である。愛知も暑いが宇多津も暑かった。

テーマは『分数』と『分数3』だが、『分数』は10年前に発行したテキストである。

しかし、今回の「学習指導要領の改訂」に伴い大幅に改訂したので、新テキストといっても通用する内容である。

『分数3』については、7月の全国大会で講習したが、今回はその時より進化した内容だったと思う。聴講した先生方を見るとかなり困惑した表情であったが、分数とは難しい表情にならなくてはダメなのである。

自分でも分数理論を頭の中で整理できるようになるまで、めちゃめちゃ悩んだものであった。ただ、諦めずに学べば自然に頭の中がスカッとするようになる。これが考える学問の特徴である。

今年は『分数』『分数3』の講習が多いが、講習内容も回数を重ねた方が良くなるので、可能な限り他県の講習会にも積極的に参加して欲しい。

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理想と現実

珠算教育の理想と現実を具体的に考えると、『幼児・1学年でも合成分解が無理なくできること』であろう。これは指導者であれば誰もが望む理想であるが、現実問題として幼児の場合は非常に厳しい。

むしろ不可能に近いと言えよう。

ところが1学年の場合、発達も後押しすることでこの理想は現実になる。この理想が現実になるということについて、アリストテレス(現実派)によれば「今起きている事象に素材(適した教材)を与えなければ、理想は現実にならない」と述べている。

つまり、1学年には1学年の発達に合っている教材を与えなければ不可能である。「教材は何でもOK。練習を積めばできるようになる。」こんな経験主義の考えが、現代教育に通用するわけがない。

有段者を育てることや競技会で優勝することを理想にしても、膨大な練習時間を費やすことなどの制約を考えると、この理想に当てはまる児童は果たして現実に何%いるのだろうか?

理想が現実にならなければ、さらなる理想はもっと儚く散っていく。

指導に苦しんでいる先生に教えてもらう児童は、先生より確実に苦しんでいるはずである。

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