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二流からの脱皮

そろばんは江戸時代から「計算器」という役割を果たしている。そろばんは計算器であるが、計算は人間がする。暗算はそろばんを使わないで、人間がそろばんの珠を写像して計算をする。結局、そろばんは人間が優れていないと使い物にならない道具ということになる。

人間が優れていないと上手く処理できないとなれば、計算器としての魅力も価値も半減してしまう。それならば思い切って、「計算器という役割を外して、違った使い方」をした方がよいのではないだろうか?

「そろばんを算数に役立てる」、この考えは昔からあったが、なかなか具体化されないでいた。歴史がある文化は、新しく誕生したものを認めない傾向がある。言い換えれば、この間は、「二流視される」ということである。

今ある文化や産業は、全て「二流」から始まっている。つまり、今すぐ役に立たなくても一生懸命やることで、進歩や発展が生まれ、やがて花が咲き始めるようになる。

ただ、どんなにすばらしい仮説でも、時代に合わなければ受け入れてもらえない。最近SSKCLUBの反響が大きくなってきたのは、漸く世の中の要請と一致してきたからだと思う。

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