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2009年6月

中年の危機

マイケルジャクソンの死について「報道ステーション」で寺島実郎(日本総合研究所会長)さんが、「40歳頃までに華やかな人生を送ると、その先の人生を真剣に考えなくなってしまう。その反動が50歳前後に現れてくる。」と話していた。

ユングも「40歳前後に多くの人が、人格の縮小という犠牲によって社会的な目標が達成され、本質的な事実を見逃してしまう可能性がある。これをそのままにしておくと、50歳前後にやがてそれが狂言となってしまう時期が訪れる。」と論じている。

つまり50歳前後は、40歳前後をどう生きてきたかが問題となる。とかく40歳前後は迷う。珠算教育において、指導方法や教育について、果たして迷わず歩んでいる人間がどれくらいいるだろうか?日本は集団本能が強い国民性から、ペルソナ要素がないと確かに渡りづらい。しかし、そのまま仮面をつけていると、50歳前後ではもう外すに外せない状態になり、自分の珠算哲学も社会の波に飲まれて崩壊の一途をたどるようになる。これは実にもったいない生き方だと思う。

SSKCLUBの先生は、何らかの動機があって入会してくるわけであるが、それは仮面をとるチャンスでもある。「一度つけた仮面はやはり外せない。」 ・・・これでは教育の情熱も冷めてしまう。

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文字・図形・計算

前回のブログ「教育のひとりごと」で、「高度経済成長期の児童の知能は著しく向上した」と論じたが、そもそも知能には、先天的知能(知能A型)と後天的知能(知能B型)がある。近年、いろいろな幼児教育が盛んに行われているため、「知能A型の測定が難しくなっている」と報じられている。知能B型については学習によって発達する知能であるから、測定は非常に簡単である。ちなみに知能B型は17歳頃までは発達し続け、文盲者の知能は11歳頃で止まるらしい。

つまり、知能の発達には「言語能力」が大きく関わっていることになる。『文字テキスト』を使って、文字を書く学習は、「文字を覚える」以外に、丸・四角形・角度・水平線・垂直線などの幾何学的位置関係の把握もできるようになる。

幼児の図形教育は「数学的な能力を養う」といわれている。この点については『パズルテキスト』が重要な役割を果たしているが、『文字テキスト』が図形と関わっていることをふまえると、『文字テキスト』→『パズルテキスト』→『KIDSテキスト』が太い1本の線で結ばれていることが明確になる。

このように知能から珠算を考えると「幼児から早く計算をマスターさせることだけ」に捉われた教育をすると、知能のバランスが崩れてしまう恐れがあると思う。「知能を向上させる珠算」として幼児教育を考えると、必然的に算数も珠算も「よくわかる」ようになることは言うまでもない。

「文字」・「図形」・「計算」をカテゴリー的に考えると珠算教育は大きく変わるのである。

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話し方教室

昔からスピーチに対してコンプレックスが非常にあったが、人前で話すことが仕事である以上、どうしても克服をしないといけないと常々思い、そこで30代前半に中日文化センターの「話し方教室」に通い始めた。

講師は元アナウンサーの川島郁子先生で、やはり話が上手い人間は、全てが違うと思った。初めて会って、一発でノックアウトを食らった感じであった。

さて、この「話し方教室」で学んだことを要約すると次の通りである。

① 聴講者の7割は話を聞いていないと思うこと。

② 第一印象は服装である。(内容より大切である)

③ 最悪、話に自信がなければ、全部原稿を書くこと。(これは非常に危険な話し方)

④ 手振り、身振りを話の中に入れる。

⑤ 「笑い」が取れたら合格。

⑥ 何が話したいかを確実に伝える。

⑦ 話すスピードを考える。

以上のようなことを教えて頂いたが、「話は3割程度しか聞いていない」ということは、今、自分が講習をしている内容もその程度かもしれない。よく「同じ話を3回聞いてもよい」と言われる理由はここにあるのかな?!

「講師として話が下手である」ということは、歌手の音痴みたいなもので非常に致命的なものになる。何とか赤面症だけは克服しようと教室に通ったが、人間は学ぶ動物であるから必死にやれば何とかなるものだと思った。

明治大学教授の斉藤孝先生も「人前で話すと老化防止になる。」と言っているので、講習は自分の老化防止も含めて今後も全力でやるつもりでいる。

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スピーチ

21年度の講習会の日程が決まりはじめた。(もうほとんど決まっているw(゚o゚)w)

講習会の申し込み未提出の県(賛助会員)は、事務局まで連絡を下さい。

http://homepage2.nifty.com/ssk55/newpage45.html

さて、スピーチ(SPEECH)を演舌と訳したのは明治初年のことで、演舌を演説としたのは、福沢諭吉だといわれている。舌より説の方が、スピーチの中身を説くところ、訴えるものという強い働きが感じられるのは確かである。

自分のスピーチは、どちらかといえば訴える気持ちが強いので、きっと「怒っているの?」と誤解されてしまう時もあるような気がする。

ただ、今さら伝統的な冷静な話し方に変えると逆に「イメージが狂うのではないかなぁ」と思うのでやはり今年もいつものスタイルでいこうと思う。(同じかよ?!)

今年も11月に全珠連宮城県支部の「珠算指導者講習会」の講演が決まっているが、SSKCLUB以外の講習会は、どちらかといえば、「戦いのスピーチ」だと思っている。つまり「のまれないように のまれたら負け」と言い聞かせながら話しているわけである。話す内容と気持ちをコントロールしなければならないから、やはりSSKCLUBの講習会は楽だと思う。

少年時代から赤面症だったが、人前で話すことで人間は逞しくなるものだと思った。

SSKCLUBの先生方に感謝を込めて、来期もよろしくお願いします。

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教育のひとりごと

イギリスの心理学者リチャード・リンが、日本人とアメリカ人の知能指数の差(『自然』297号 1982年)について次のような発表をした。

現代の日本の子どもの平均的知能指数は111ないし112であって、アメリカ人の子どもの平均知能指数100に比べると11も高い。また1910年代、1930年代、1940年代に生まれた成人も含めて、130以上の知能指数を持つ者は、西欧やアメリカには全体の2%しかいないのに、日本人では約10%もおり、これによって日本人の知能がアメリカ人より非常に優れていることがわかる。

とくに注目する点は、戦後の知能指数が、新生児の健康の向上と食事の改善の影響で、体重の増加に繋がり著しく上がったことである。つまり高度経済成長により所得が増加し、食生活の改善から健康に繋がり、知能が向上したということであろう。したがって当たり前のようにきちんとした食生活をすれば学力低下も防げるということを述べているわけである。

また、算数においても昭和43年の「算数の現代化」の学習内容は、非常にレベルの高いものであったことから、どうも最近の教育が退化しているのがなんとなく見えてくる。

では、「そろばんは昔のように復活できるか?」といえば、それは難しいと思う。教育は退化しても産業は進化している。家電や車はどんどん進化している。そろばんは「道具」であるから進化できないままである。でも、「そろばんを活用した教育」としてならば進化できると思われる。

つまり、「珠算を算数に進化させる」ということである。

高度経済成長期ならば「競争原理」の考えは通用したが、今や車もエコカーの時代、合理性を求める時代である以上、珠算の競技も今の子どもから「そろばんに競争があるの?」という声が聞こえてくるような気もする。

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仕事と時間

一般的に「投資」というとお金をイメージするが、実は、時間も大切な投資だと思っている。今、自分がやっている仕事は、塾経営、テキスト作り、講習会、SSKCLUBの組織運営であるが、これも時間がないとできないことである。(最近はこのブログも一つの仕事になっている。)

ここまで辿りつくには、大学を卒業してから30年かかったわけであるが、この業界に入った頃は、自分の師匠の講習会は真面目に学んで、積極的にレポートも書いた。人間はいずれ歳を重ねる生き物であるから、45歳頃を目標に花を咲かせるためにはどうしたらよいか、よく考えたものだった。とりあえず形振り構わず前に進んだことと、独学でコツコツやったことがよかったと思う。

全珠連の研究集会においては、24歳の時、1回目の研究発表をしたが、これも「やったもん勝ち」という意識で臨んだ。「積極的に新しいことに挑戦すると脳は活性化する」と言われているが、それも時間が必要となる。時間を作る意識があると、仕事もスピードUPするし、合理的に使おうと思い始める。最終的には、仕事とオフの境目を無くすことが大切であると気がついた。

自分の趣味はいろいろあるが、仕事も完全に趣味化している。どうせ1回の人生だから、世のためになり、楽しんで生きた方が得であろう。無駄はしてもよいが、生産性のある無駄をしないと、結果何も残らず終わってしまうような気がする。

先ほど、『分数2 解説&解答書』の最終校正が終わり、今、息抜きでこのブログを書いているが、だんだん全国大会が近づいてくるので、日に日に気持ちがハイになっていく。

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分類テキスト

KIDSテキストに『KIDS Classification (分類)』がある。その中のP12~P15は、一次概念や二次概念の分類とは少し異なる分類法で構成されている。 

滝沢武久著の『子どもの思考力』の中に、四つの分類法が記載されているので紹介してみる。

★ いま、子どもに「人、腕時計、定規」の三つの中から、似ているものを二つ選ばせてみる。

(1)種類別分類・腕時計と定規。(いずれも測定の道具)

(2)用途別分類・人と腕時計。(人が腕時計をはめるから)

(3)場所別分類・腕時計と定規。(いずれも家の中にある)

(4)分析的分類・腕時計と定規。(表面に数字が書かれている)

一般的に、大人は種類別分類をおこなうし、年長児は、種類別分類か分析的分類のいずれかをとる。※年中児は用途別分類が多い。ここで用途別分類や場所別分類が未熟な思考力であると決めつけることはよくない。むしろ社会的・文化的な環境が分類と大きく関わっていることを知ることが大切である。

『KIDS 1』と『KIDS Classification (分類)』は、検査テキストである。つまり幼児の能力および家庭教育を測定することをふまえて使用することが目的である。子どもが発した答えの理由を聞いてあげることにより、子どもの思考力が見えてくる。とかく珠算教育は、大人の理論を教え込もうとしたがる。しかし、教え込まれたからといって、子どもの思考が簡単に変容することはあり得ない。

子どもの思考力は発達段階を反映したものであるから、指導者が正しいことを教え込もうとしても、子どもの頭の中で同化させるには「同化できるような学習方法で教えなければ何もならない」のである。

P12の分類は、まさに子どもの思考力が色濃く現れる問題である。

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脱・パターン人間

今日は「21世紀の珠算を考える会」(福井県)が開催されている。昨年(千葉県)は、自分がメイン講師で講演を行ったが、早いものでもう1年になる。

http://shuzan21.web.fc2.com/

いつも講習会で話していることは、「珠算界の発展」である。珠算界も決して好景気ではないが、状況に負けてしまうと何も発展しなくなる。いつも挑戦者の気持ちを忘れず、チャンスをつかむには、常識にとらわれない発想力であると思う。

「珠算の常識とは何だろうか?」

常識から非常識な考えができない限り、新しい発想なんてできっこない。SSKCLUBの会員数は、珠算人の2%にすぎないが、この2%の力でも常識や固定観念から脱すれば、新しい風が吹き始めるものである。

経済でも、同じ見方、同じ考え方をしていると損をして儲からないわけで、教育界でも「学習指導要領」「教育基本法」が改定された以上、これから大きな改革が始まるわけである。

したがって、珠算界も思い切った改革をして方向を変えないと、世の中が求めているものとずれてしまう恐れがある。

今月は、日曜日がオフ(講習会がない)であるが、どうも自分の頭の中は「仕事と遊び」の区別がないようである。

「お前は真面目人間?!」 「NO!脱パターン人間」柔軟な心の持ち主であると捉えて欲しい。

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大きな数

  「新・学習指導要領」の3学年の算数に「一億までの数のしくみ」が移行措置として、今年から導入されるようになった。

内容は次の通りである。

・千万は一万の何倍ですか。

・14742352はどんな数ですか。

・3500000は、一万を何こあつめた数ですか。

・千万を10倍した数はどんな数ですか。

テキストは『Lesson 9』のP1に「大きな数」(億の学習)が掲載されている。一般的な珠算教育は、記数法のみを扱うので数字に位をつけて(命数法)読めるかどうかは疑問である。

例えば、3000万×10や3億÷10は、万進法の仕組みと位(万→億→兆→京・・・)の順序性を理解していないとできない。さらに「一、十、百、千」という位と「万、億、兆、京」という位が2つ存在するため、間違いなく記数法より命数法の方が難しくなる。

このように考えると「大きな数」を教えたから「はい わかりました」とならない現実も理解できるであろう。テキストは『Lesson 1B』から命数法を出題してある。とくに『Lesson 5・6・7』はスパイラル的に編集されている。さらにそれ以降のテキストにも「大きな数」がやたら出てくる。このくどい性格ゆえに「大きな数」の理解が深まるわけである。

「そろばん塾へ入学して検定試験は順調に合格してきたが、数が読めない、書けない」のでは親は「ショック!ショック!ショック」であろう。

そろばんの珠を数字に直して書くことと、「大きな数」の仕組みが分かることは、決してイコールではない。やはりそれなりの学習は大切である。

『Lesson 7A』と『Lesson 9』

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ABACUS6

SSKCLUBの『テキスト』全55作は、全て20ページで編集されている。これは『基本学習テキスト』という位置づけからこのような構成にした。

はじめは「20ページで上手くなるのか?」という質問が多かったが、「上手くなることを考えるより、上手く理解させることの方が先だろう!」ということである。事実、子どもはこの20ページの量で大満足しているから、「やる気」も膨れ上がったわけである。(学習心理学の練習効果)

『ABACUS』の中で、一番コンパクトなテキストは『Lesson 6』である。コンパクトゆえに一つ間違えると大変誤答が増える可能性も高いテキストである。

P16までは、「パターン1~4」(解説&解答書参照)の基本的な学習で構成されている点から、誤答は極めて少ない。

ところがP17の2段目の54×26からは、「パターン1~4」が交互に混ざり始めてくる。ここで誤答(適応能力)に差が出てくる。つまり、このP17~20までが確実に通過できる児童は、すんなり検定試験も合格できる。わずか20ページで合格できるならば、珠算の下級問題は、「量より質で決まる。」ということになる。

ここで大切なのは、P17を通過点と指導者が捉えるのではなく、「初めからP17~を目標にして指導を組み立てる」ことである。これはとても大切な考えである。

もし、混乱した場合は、再度「パターン1~4」を復習させることも大切である。また、今後の対策として『ドリル』を使うことがベストである。混乱した状態で「練習で直す」という古来の珠算指導は、もう頭から忘れた方がよい。

「迷いの森に入った児童をどうするかより、初めから森に入れないように考える。」

これって、当たり前のような気がするが、最悪は指導者が迷いの森に入っている場合である。

※ 『珠算作問法』には「パターン」という分類はなく、全て分子積別で分類されている。

 

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原理・構造

珠算の12-5は、「10をはらって5を入れる」という運珠法を使うが、本来、計算方法は一つとは限らない。解答の解は「解き方」で、答は「答え」である。答は1つしかないから、12-5=7は、「7にきまっている」のである。それも地球固有のものでもない。つまり「月に行っても7である。」 

運珠法(解)の「10をはらって5を入れる」というルールは一種の表現に過ぎない。

たとえば12-5を減減法で行う場合12から2を引いて10、10から3を引いて7(5を2と3に分けて考える。

※引いて引くから減減法。)の解き方まで最近の算数指導ではOKとされている。

3+2でも、そろばんに3を布数して、1+1(数えたし)でも答えは求められる。実際そのような児童もたまにいる。

3+2=5であることは分かるが、児童はその手段が分からないのである。

年長児の知覚数は5であるが、5個と3個を比較した場合、「5個の方が2個多い」という程度のことは、別に大人から教えてもらわなくても具体物を見れば分かることである。

しかし、これが5-3であるという認識は、実は簡単にできるものではない。つまり、数学的な原理や構造が分からなければならないからである。幼児の発達段階ではとても難しいことであるが、それを教えることによってわれわれの仕事が成り立っているわけである。

12-5の場合、計算の仕方が分からなくても、ひき算の意味や数観念を獲得していれば、あとは手段を教えれば簡単に「演算決定能力」も「計算力」もついてくる。

3+2、5-3の合成分解も、意味や原理などの大切さを知っている指導者ほど、簡単に「運珠法」を捨てられるものである。

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体内時計

全国大会まであと1ヶ月になった。気候が段々暑くなると、気持ちが自然に全国大会へ向いて行く。これは体内時計のようなものかもしれない。

【体内時計の仕組み】朝になると自然に目が覚めるように体に指示を与えるシステムがある。これがいわゆる体内時計である。眠気のほかに、体温やホルモンの分泌など、さまざまな生理現象が体内時計にコントロールされて昼夜の変動を繰り返している。

『テキスト』の制作は、毎年、全国大会終了後から直ぐ開始している。「暑い夏はテキスト作り」と決めているわけではないが、小学生の「夏休みの自由研究」のように自然に気持ちが教材開発へと向いてしまう。この体内時計(季節)のようなものがある限り、テキストが頭から離れることはないと思う。だが、最近は生みの苦しみが気持ちの中でジワジワ押し寄せているので、葛藤の日々が続くことも事実である。

結局、勉強や研究のような継続性が必要なものは、習慣にしないと楽にできないような気がする。役員からは「せっかち」と思われているが、段々ペースが分かってきたせいか、最近は文句を言われないようになった。(家族はとっくに慣れている?!)役員は仕事の能率もよく有能である。つまり同じせっかち人間?いや、自分が人材にも恵まれた環境にいるということだ。

また年間を通して講習会があり自宅の塾もあるので、自然に頭や体が動くようにしておかないと、このハードスケジュールはこなせないと思う。昨日書いたように突然舞い込んでくる講習会もあるのでやはり日頃のトレーニングは大切である。

来年の全国大会(10周年 愛知県開催)のこともチラチラしている今日この頃であるがこれも体内時計が鳴っているのか?

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講演依頼

全国珠算教育連盟宮城県支部から指導者講習会の依頼があった。

依頼内容は「幼児から小学校高学年までのそろばんと算数の関連性」である。今年は4月に開催された「49回関東地方連合会珠算指導者講習会」を含め、全珠連からは、二度目の依頼である。演題は違うが、内容がほとんど同じであることから、これから先の珠算界には、やはり算数との関連性は外せないということであろう。

自分にとっては得意分野のテーマなので、「任せてください!」と即答した。また、昨日は「共同通信社」から問い合わせの電話もあり、世の中のために仕事をすれば、やがて自分に返ってくるものだと改めて思う次第である。

来月から始まる講習会人生、年間20本の講習は大変であるが、これも宿命であると言い聞かせて、どうせやるなら楽しみながら喜んでやった方がいい。

【宮城県支部指導者講習会要項】

・日時  平成21年11月15日(日) 午後1時~4時30分

・会場  仙台市情報産業プラザ アエル6階

・演題  「そろばんと算数の融合」

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先を読む

6月に入り、SSKCLUBの新学期が始まった。来月は全国大会も控えており、8月から講習会もスタートする。また、全国大会に向けて中島先生が『ぱちぱち日記』に続き、『SSKCLUBのブログ本』を制作している。会員の中にこのようなエネルギーを持っている先生がいることは、SSKCLUBの先は明るいと思う。最近若い先生がたくさん入会してくるが、エネルギーはどんどん使った方がいい。結果なんて誰も分かることではない。評論家は50歳過ぎてからなればよい。

このブログは『解説書』とは違って、自分の思いや事実をストレートに書いているので、中には過激に思われるかもしれないが、誰かが先頭に立って吼えないと珠算界は発展しない。改革や革命などは最初は一人の考えから始まるものである。批判を恐れている精神ではトップにはなれないと思う。

ニュースでも報じられている「GM経営破綻」は、経営者の「先の見えない舵取り」が失敗の原因であるが、珠算界も公益法人廃止や珠算の先生不足などから、決して明るい材料はない。ましてや「勉強はしたくない」と思っているならば、この先の成功はあり得ない。

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