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2009年1月

かけ算

乗法の基本的な性質には、次の①~⑤が挙げられる。

① a×1=1×a=a 

  5×1=1×5=5

② a×(n+1)=a×n+a

  5×(3+1)=5×3+5 (乗法の定義)

③ a×b=b×a 

  5×3=3×5 (乗法の交換法則) 

④ a×b×C=a×(b×C)

  5×3×4=5×(3×4) (乗法の結合法則)

⑤ a×(b+C)=a×b+a×C

  5×(7+8)=5×7+5×8 (乗法の分配法則)

※ ⑤を発展させると、5×(7+8)=5×(10+5)=5×10+5×5=75 となる。

これを写像的にみれば、次のような対応関係になる。

7+8=15 → 35+40=75 (対応数5) 

このように、かけ算には数学的な要素がたくさん含まれている。つまり、かけ算=「九九」ではないことが分かる。また、珠算には定位法という「積の一の位を定める法則」がある。この定位法を使えば確かに積の一の位が間違いなく分かるが、それはあくまでも単純構造の計算に限られている。①~⑤のような問題は「定位法が適用できなくなる」したがって定位法も「数学的な法則」ではないと思う。

※ 5×10=5×9+5(定位法が合わない問題)

早い時期に「定位法」を教えて計算を正すと算数の法則が見えなくなる危険がある。さらに算数の大切な「倍概念」「関数概念」「可逆性」などの考えが、逆にできなくなる可能性がある。したがって、法則を使いならが計算をさせることが如何に大切であるかを理解してほしい。

SSKCLUBが「そろばん・さんすう」に拘っているのは、算数の問題を出題しているからではない。むしろ拘っているのは、「数学的な考え」である。ぱちぱち日記のブログを見れば分かるように「児童がスラスラできるようになる」のは、実は数学力がついているからである。 090130_154006 090130_154124  

「数学的な要素が強い学習」

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加減法九九

そろばんは五珠が存在するため、たし算・ひき算の際に独特な加減法九九を覚え、反射的にできるまで習熟を要する計算である。下の図は、珠算の加法九九と減法九九の一覧表である。

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繰上→10の繰り上がりがある○・10の繰り上がりがない×

5合分→5の合成分解がある○・5の合成分解がない×

A(繰上×5合×)B(繰上×5合○)

C(繰上×5合×)D(繰上×5合×)

E(繰上○5合×)F(繰上○5合×)  

G(繰上○5分○)H(繰上○5合×)   

※C・Fは5の合成はないが五珠を含んでいる。

このA~Hの中で、E・F・G・Hは繰り上がりがある。

ここで注目する点はGである。Gは5の分解と10の合成を含んでいることがわかる。筆算ではこのような現象は起こらない。筆算の場合GとHは同じ領域の問題となる。さらに6+7の計算は、6+7=1+5+2+5=5+5+1+2=13という考えもできる。また、珠算は被加数分解(4+7の場合、4を分解して10を作る計算)だけが珠算の計算方法となる。(そろばんの構造上)したがって、9+2も9を分解しなければ計算が成立しないわけである。さらに、9+2=2+9=1+1+9という「交換律」もできない。

このように考えると、加減九九を丸暗記させる計算が非常に危険な計算方法であることが分かる。数の理解もしていない幼児にこの九九を覚えさせて計算を獲得させても、小学校の計算のプロセスを理解していくという保障はない。それならば、数(数の保存概念・数の観念・数の構成)をしっかり認識させることを重んじた学習の方がはるかに1年生の算数に役立つ。その前提があれば、珠算は大変すぐれた計算技能になると思う。

「算数ができない」という理由でそろばん塾へ入会してくる児童は「計算力をつけて欲しい」という願いがあるからだと思う。しかしそのような児童の大半は、計算よりも数がわかっていないのが現実である。このような児童に九九を覚えさせても算数力が付くわけではない。よってGの通過率UPにも、まずは数の理解を最優先すべきである。

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計数そろばん

そろばんの「6」という数は、五珠1つと、一珠1つで表す。この6は数字の6とは違い、記号や言葉ではない。つまり6という絵である。これは珠算の世界における決まりごとであるから普遍的な数でもない。(世界中に通用する6ではない。)

幼児や1年生の初期の頃に一般的なそろばん(四珠そろばん)で学習すると、6=5と1(五珠、一珠)だけが強化されてしまう。ところが計数そろばんを使うと2+2+2=6・3+3=6・1+2+3・1+1+1+3(群性体)などが、珠の操作→イメージ→数字へと伝わっていく。やがて6=2×3 6=3×2→公倍数・公約数の素地的な数の構成も理解できるようになる。

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このように計数そろばんは合成分解に結びつくだけでなく、交換法則やかけ算、わり算などの法則の理解にも役立つ優れた教具である。

一般的に珠算は寺子屋からの指導が根付いているので、どちらかといえば「教え込みのような学習」をしているが、筋道をつけて考えさせるような学習にすれば、自然にインフォーマル化され自分で問題を解決するようになっていく。

SSKCLUBの教育理念は、従来の珠算教育と異なるので、珠算界の大先輩から反論されるかもしれない。しかし反論があるということは、逆に賛同もあるということだから、やはり珠算の改革はこれから先もしていくつもりである。

6という数は、2の倍数・3の倍数でもあるが、完全数でもある。「博士の愛した数式」という映画があるが、その中で寺尾聡が「江夏の背番号も完全数だ」という語りがあるので、数学に興味がある方は是非見てほしいと思う。

※完全数・・・その数自身を除く約数の和が、その数自身と等しい自然数ことである。

6=(1+2+3)、28=(1+2+4+7+14)

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分数

整数・小数・分数の共通点は、単位数があるということである。整数は1、小数は10分の1の数であるならば0.1、分数は分母が2ならば、2分の1となる。このように数には必ず単位数があり、それを集めれば必ず集合数になる。(カントールの集合論)

例えば、35は1が35こ集まった数。3.5は0.1が35こ集まった数。3分の2は、3分の1が2つ集まった数。このような展開となる。

「1mのテープを3つに分け、その2つ分はいくつか?」という問題を指導する場合、「3つに分けた2つ分・・・3分の2m」(3つに分けた2つ分を分割分数という。)としてないだろうか?この分割分数では、「3つに分けた4つ分」が通じなくなる。つまり真分数から仮分数へ拡張が難しくなる。

3分の1が4つ分という考え方ならば、すんなり仮分数が理解できるようになる。(この場合3分の1を単位分数という。)※ 3分1の場合は、単位分数と分割分数が同じになる。分数を計算する前に分数の意味や分数の構造を理解していないと、分数の数直線や仮分数、帯分数の問題が解けなくなる恐れがある。

分数は整数・小数と違って十進構造がなく、基本的には「1」と比較する割合であるため、非常に理解が難しい数である。さらに商の分数、同値分数、十進分数、約分、通分、倍分、既約分数、分割分数、割合分数など、とにかく約束ごとの多い数でもある。このような背景を考えると「分数ができない大学生」が溢れ出してもおかしくないかもしれない。やはり小学生の段階でしっかりした基本をマスターした児童を育てることは言うまでもない。

『ABACUS 分数2』・・・真分数から仮分数へ、さらに帯分数へと拡張する問題。今後、分数1→分数2→分数3~分数6まで続くテキスト!090127_201221

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学習方法(2)

合成分解の中で、6+7型(右排左進)のような計算は、児童が非常に誤答する割合が高い問題である。その理由は珠算の学習方法にある。

珠算は、基本的に「7は3をはらって10を入れる」という決まりを覚えて計算する学習である。この場合「7は3をはらって10を入れる」は、耳から入ろうが、目から入ろうが、刺激には変わりはない。その刺激を受けて、そろばんの珠を動かすわけである。この珠を動かすことが反応になるわけである。このような学習を「対連学習法」という。早い話「覚える計算」である。

これに対して、3+7→4+7→5+7→6+7のように3+7(数観念)を基にして、5+7・6+7を関連づけて計算する方法がある。つまり既有の知識を組み合わせたり、また新しい知識を生産していくような学習である。これを「問題解決学習」という。これは「覚えない計算」である。

この2つの学習方法をどう思うか?確かに同じ6+7の問題であるが、学習方法が異なれば児童の理解も異なってくる。この学習方法については間違いなく問題解決学習法の方がいい。これは誰が教えようが、ほとんどの児童が好結果を出すことができるからである。

さらに「対連学習法」は、機械的な暗記学習であるから操作を覚えた後、急速に忘却される。その後長い時間を経て記憶されるが(レミニセンス)珠算の6+7は、3をはらう時、3がそろばん上に見えている。これが6+7が6+8に化けてしまう可能性が高い理由である。

このように考えると、理解や記憶に障害が起きる学習方法は改めた方がよい。困るのは児童である。珠算塾は誰の為にあるのか?よく考えてほしい。

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児童が問題を解決していくので

「合成分解」の言葉(文章)など全く要らない。

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学習方法(1)

学習にはまとめて学習する全体学習(全習法)と、いくつかの部分に分けて学習する部分学習(分習法)がある。さらに部分学習(分習法)には、完全分習法、累進分習法、反復分習法がある。具体的に述べると次の通りになる。

① 完全分習法 Aを習って、Bを習って、Cを習って → A+B+C

② 累進分習法 Aを習って、Bを習って、A+B  Cを習って → A+B+C

③ 反復分習法 Aを習って、A+Bを習って A+B+Cを習って → A+B+C

この三つの学習方法の中で『テキスト』は、②と③を9割以上取り入れている。一般的な珠算教材は、①である。どの学習法が良いか悪いかより、学習者の能力にマッチしているかどうかである。その点を判断できる指導者になって欲しい。

弟子のブログで「教えないのにできるようになる」のはなぜか知りたいと!と書いてある。『テキスト』には意味や仕組を含んで作問しているが、もう一点①~③の学習方法やスパイラル学習も「計算が分かるようになる」要因である。意味や仕組みは表に出ているから分かりやすいが、学習法は裏にあるメカニズムであるのでなかなか見抜くことはできないと思う。(表裏一体の原理)特に図解を使っている問題はその傾向が強い。

実際に教材を作る時、作問も大切であるが、その問題をどこの場所に出すか、どの順番に出すか、それも大切なことである。間違った配置は、問題が見えなくなる恐れがある。いくら先生が見えていても、子どもが見えなければ話にならないことである。SSKCLUBの教材は、珠算の問題でありながら算数という要素が強いので、珠算正統派の人々には奇妙な教材に写るかもしれないが、評価をするのは子どもたちである。

『テキスト』は、珠算と算数をただ混ぜて作ったものではない。ただ混ぜただけでは混合物にすぎない。「珠算も算数も分かるようになる新しいテキストである。」それを使うことは、別な世界を知ることでもある。つまり『テキスト』は、科学変化をした「化合物」のようなものである。「化合物」の作り方→算数+珠算に発達心理や学習心理を使って燃やす。特に幼児、1年生はマグネシウムのように激しく燃えて化合する!! 

② 累進分習法 Aを習って、Bを習って、A+B  Cを習って → A+B+C             

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知能(4)

昨日の続き 知能は遺伝か環境か?

知能は遺伝も環境も大切な要因であることには間違いない。

心理学では、知能について5つの説がある。

①遺伝説 ②環境説(学習説) ③輻輳説(ふくそうせつ) ④環境閾値説 ⑤相互作用説

この5つの説を考えると遺伝も環境も同じレベルで重要視されていることがわかる。われわれ珠算に携わる者が児童の遺伝についてとやかくいう資格はないので、よりよい環境で教えることを考えなければならない。つまり、指導力(教材力)を磨くということである。

そもそも知能の高い親は、比較的所得も高いし文化的要素が強い。つまり、初めからよい環境に子どもを置くことができる。そうなると果たして遺伝か環境かという断片的な結論が難しくなってくる。そこで知能は、輻輳説~相互作用説というような考え方が一般的になってくる。

知能は、「一般的に単一の能力ではなく色々な因子が組み合わさったり、お互いに作用しあってはじめて知的活動ができる」といわれている。その因子構造モデルは学者により異なるが、大体共通している因子は、言語・数学・記憶・思考だと思う。この因子を活動させれば知能は上がってくるということであろう。

結晶的知能というのがあるが、その知能は勉強をすれば一生涯上がるらしい。やはり指導者といえども勉強は大切である。

珠算は一般的に「計算器を使って計算する」学習であるから、数学と思考はあまり関係がないと思われる。事実、珠算式暗算は後頭葉(映像)を使っていることから、筆算のように思考しているわけではない。また、珠算教育では文章問題を解くこともない。そのようなことを考えると、珠算教育の中で数を認識したり、計算の意味を考えたり、計算のきまりを見つけたり、文章問題を解いたりする学習は、かなり効果的だと思う。SSKCLUBは、それを週に2~3回、数年間、珠算教育を学ぶわけであるから、きっと子どもの知能偏差値は上がってくる。偏差値が上がれば、算数も国語もよくなってくるはずである。

指導者も自分の知的能力を磨かないと、子どもの知能を向上させることはできないと思う。

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知能(3)

そろばんを兄弟で習った時、果たして同じように上手くなるだろうか?

知能は遺伝か?環境か?もし知能が遺伝であるならば、兄弟は必ず似たような珠算経路をたどることになる。そこで知能指数と遺伝的類似度との相関を数値で示してみる。

親子・・・同姓0.42 別性0.15  

同胞・・・同姓0.47 別性0.24  

二卵性双生児・・・同姓0.6  

一卵性双生児・・・同姓0.86  別性0.72

(資料 Bouchard & Mcgue 1981年  最高値1 )

この資料から親子より兄弟、兄弟より双生児の順に知能は遺伝していることがいえる。しかし親子の別性や兄弟の別性は、それぞれ0.15と0.24であるから殆ど遺伝していないということになる。親子の0.42でも高いとはいえない。ちなみに身長と体重の相関は0.5である。

このデーターから珠算塾へ兄弟が入学した場合、兄と弟は同じように進級していくと考えるのは非常に甘い考えである。中には弟の方が兄を超えてしまうことだってある。特に弟・妹をKIDSに入れた場合は全く違った経路をたどることが多いので、殆どの親は「同じ兄弟なのになんでこんな違うのですか?」と言う。これは兄弟だから余計にKIDS教育に驚くわけである。その反面、一卵性双生児は、非常に高い数値で知能が遺伝するので、まず同じように学習が進むと考えてよい。

このデーターから知能は環境も重要であるといえる。幼児には幼児の発達に合わせた学習をやはり用意しなければならない。教育は個人の人格を形成するものである。いくら兄弟とはいえ、軽く考えるものではないと思う。

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知能(2)

子どもの知的発達にとって、SSKCLUBはどのような役割を果たしているだろうか?

心理学者ピアジェは、学校教育について次のように述べている。

「学校教育は本質的に知的発達の役割を果たさない。子どもの発達を早めたり、遅らせたりさせるが、基本的には子どもの発達はどのような環境におかれようとも変わらない。」

一昨日のブログ「知能」に掲載した「田中ビネー知能検査」について1970年版と1987年版の比較データーがあるので紹介してみる。

★今の子どもと昔の子どもの知能の発達に変化が見られるか?

問題自体が変わったものもあり、87年版と70年版の全部の問題を比較することはできないが、内容の変わらない問題の通過率(同じ年齢の子どもがその問題に合格する割合)を同一年齢で比較すると、87年版の子どもたちの方が70年版の子どもたちよりも通過率が高い。つまり、知能の発達が進んでいる問題が多いということがいえる。

ところが、中には発達が遅れている問題がある。それは4歳児の「長方形の組み合わせ」である。この「長方形の組み合わせ」は、対角線で切断してある2つの三角形を組み合わせ、見本と同じ長方形にする問題である。

★この87年版と70年版の検査から次のような結果報告がある。

今の子どもは、幼稚園・家庭・本・TVからの影響で知能は伸びている。しかし「長方形の組み合わせ」の結果に示されているように、図形を認識する能力・いろいろな組み合わせを考える能力・その正誤を判断する能力等、自分で考え解決する・思考力を必要とする能力については低下している。

この田中ビネー知能検査によれば、子どもの知能は環境によって変わることが分かる。ピアジェが言っている「発達の普遍性」と異なる見解になる。

指導者や教材によって知能の発達は促進しないだろうか?幼児期に「数の認識」をさせる必要はないだろうか?しかし『テキスト』や教具を使うことにより、数の認識は確実にできるようになる。この事実(SSKCLUB KIDS)をふまえると、ブルーナー(アメリカ)、ヴィゴッキー(ソ連)の言っている「知能は文化や教育と深く関わる」意見に賛成したくなる。

図形は数学的な要素が沢山ふくまれる学問であるから、思考力は向上すると思うが、田中B式は、あくまでも検査である。問題は幼児の図形能力をどう養うかである。

SSKCLUBは、知的発達に貢献できることを目指している珠算教育でもある。したがって図形問題(『パズルテキスト1~3』)にも深く関わっていることを理解して欲しい。

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有能感

SSKCLUBのブログワールドには、私の他に「ぱちぱち日記」と「SSKCLUBとともに」がある。最近この2件(弟子)の内容が凄い。(指導者はかなり勉強になる!)算数の内容を連日わかりやすく公開しているので、私の書くことが無くなっている状況である。したがって、自然に算数から心理学や教育学に追いやられてしまった感じである。そこで、今日も教育的なことを書こくことになってしまったわけである。(しばらくはこの線で行く予定)

珠算は「いつ頃習い始めたらよいだろうか?」

それは珠算をどう捉えるかによって変わると思う。算数を狙うならば、ズバリ幼児・1年生からが良い。計算器として考えるなら3年生でも構わない。一般的に珠算教育の教材はこの学習最適時期を考えて作られていないから、深く考えるより、指導者の経験で判断するしかないのが現実である。

人間の成長を教育的に区分すると、乳児→幼児→児童→青年→成人となっている。この中で乳児・青年以降は、珠算学習者(入学)が無いと思われる。そうなると幼児か児童期に絞られる。幼児でも3歳(幼児前期)では「第一次反抗期」があるので、先生の話を客観的にとらえられない。世間でいう「自己中」が大量発生する時期である。大人でも「自己中」人間は幼児性が残っていることになる。つまり、この時期は珠算を習うより「しつけ」が優先されてしまうので「勉強」どころではないと思う。※しつけを強化すると、将来「臆病、小心者」になる恐れがあるので気をつける必要がある。

年長児~1年生の時期はこの「反抗期」が消えるので、学習をするのに最適となる。ここで大切なことは、この時期の「学習内容」である。この時期の児童は言葉よりイメージで理解しようとするので、珠算学習も従来の珠算体系では障害が起きる。また、自分自身に対して有能感をもつことができる。これが年中児以下との大きな違いである。

この有能感とは「学習を積めば、珠算・算数がよくわかるようになる」という、将来が見えるような感覚である。それには『教材』が「珠算・算数ができる」ように作られていなければ話にならない。逆に「できない」と感じるようになった時から無力感が起きる。SSKCLUBの『テキスト』を使うと無気力な児童が消えるのは、実は有能感も養っているからである。

「わかる」ということは、技能的なことも向上するが、やる気も起きてくる。これも『テキスト』の隠れたメカニズムである。

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知能(1)

『KIDS1』『KIDS分類』『ABACUSパズル1』には、知能が測定できる箇所がある。そもそも「知能検査」とは、ビネー(心理学者)が100年以上前に「学習者の中に予め知能が低い者を調べておけば学習を円滑に進めることができる」という目的で作ったことが、事の始まりである。日本では「田中ビネー式知能検査(田中B式知能検査)」が有名で現在でも使われている。私も「全珠連主催の全国珠算研究集会(第26回「3年生の定位法の指導」)の発表をした時、実はこの「田中B式知能検査」を使ったことがある。

『KIDS1』『分類テキスト』の分類や『パズル1』の多少判断には、この田中B式に含まれているようなものがある。『テキスト』は本格的な知能検査ではないが、分類や多少判断程度ならば学習能力が低い児童を調べることができる。そのような児童は、「合成分解」の問題でも80%以上の確率で誤答や学習障害が起きることが証明されている。つまり、知能と合成分解には非常に高い相関があることがいえる。一般的に珠算の教材は、計算力を付けることが目的であるが、『KIDS1』『分類テキスト』のように検査を含む『テキスト』がある珠算教育は、非常に稀であると思って頂きたい。

分類・対応・順序づけのような概念形成は「覚えて獲得できるものではい。」例えば、「SSKCLUB数パズル」を使って、「青い 正方形を 3つ 集めましょう。」というような属性を3種類含んでいる集合(3次元 交集合)は幼児には難しい問題であるが、このような思考を使いまたはそれを順序だてて学習させていく指導により、非常に高い確率で合成分解の正答が得られるようになる。(これは従来の教育ではあり得ない本当の話である。)

学習によって知能が上がれば「遺伝説」から少しでも脱却できる。それが我々の仕事でもあり、教育の大切さを実感できる瞬間でもあるような気がする。分類や対応といった、ごく単純な学習を積み重ねていくことは、合成分解を超えてやがてかけ算、わり算へと繋がっていくようになる。

昔、若林繁太諸の『教育は死なず』」がベストセラーになったが、「教育は諦めたら死んでしまう。」ものである。現在、自分の心にも「珠算は死なず」と重く感じている。

今回の詳細は、2月15日(日)「千葉県スペシャル学習会」で講習します。

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レディネス

レディネスとは「ある学習を行うための発達の準備状態」をさす。例えば、そろばんの合成分解は「児童の発達や能力が備わっていなければ計算が上手くできない」ということである。したがって1年生で合成分解を上手く通過させるには、まずこのレディネスを解決する必要がある。

1991年にアメリカのウォシュバーン委員会が調査(レディネステスト)したところ、10以下の加法の最低年齢は、6.5歳であり最適年齢は7.5歳であった。したがって、そろばんの合成分解の最適レディネスは、2年~3年生あたりが妥当だと思う。しかし、このような「レディネスを待つ」教育では、子どもの知的発達は停滞してしまう恐れがある。そこで従来のそろばん学習を、逆に児童の発達にあわせた学習に変えてしまえば、1年生でも合成分解が最適レディネスになり「むりなく、かくじつに」できるようになる。これを証明したテキストが『ABACUS 2A・B』である。

1年生が合成分解を上手く計算できない理由にもう一点、そろばんという計算器に「運珠法」というものがある。簡単に言えば「5入れて3をはらう」という100年も昔からあるルールである。これは社会が決めたもの(社会化)であるから児童はそれに従って計算をしなければならない。(学校でいえば校則のようなもの)ところが、児童は一人ひとり能力が違っているから、中にはそのルールがよく理解できない児童もいる。そのルールを分かり易く説明してあげることも大切なことであると思う。ただできないと片付けるのではなく、その児童(個性化)の考え方や判断がどのようなものなのかを掘り下げて、指導者が考えていくことも大切なことだと思う。

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愛知県本部講習会

昨日、愛知県本部講習会が開催された。静岡・京都・滋賀・奈良・三重からの参加者も含め、外の寒さに負けず熱い講習ができたと思う。

講師業を始めて今年で15年になるが、これから先この仕事がいつまで続けられるか全く予想がつかない。最近はSSKCLUB以外の依頼も増え、4月19日は茨城県で「全珠連関東地方連合会主催」の講習会も控えている。この講習会で話す前半の内容は珠算関係者を震撼させると思う。毎年20件の講習をしていると、どこでどのような話をしたか忘れてしまうものであるが、なるべく旬の話をしようとは心がけている。

人の前で話をするとなると、かなりの情報を持っていないと正直きつくなるので、普段のトレーニング(勉強)はどうしても必要となる。自分の勉強哲学は「構えてやるもの」ではなく、毎日顔を洗うとことと同じように習慣性のものだと思っている。だから毎日何かを学んでいないと気持ちが悪くなってくる。

勉強とは、頭に入れた情報(インプット)を出す(アウトプット)ことにより、初めて完成したと言える。(お金と同じで貯めるだけでは意味がない。)したがって、講習会や原稿を通じてどんどん吐き出しているわけである。自分が知っていることを隠さず他の人に教えることで自分の為にもなるし、それがやがて子どもの幸せにも繋がる。子どもが幸せになれば、その親も喜んでくれるだろうと思う。そんなわけで勉強をしたり、教材を作ったり、授業をしていると、いつのまにか「学ぶ人生」のようになってくるわけである。

「出世」という言葉があるが、これは地位や身分が偉くなることではなく「世に出る」ことだと思う。世に出ても叩かれるのが人間社会であるが、人が喜ぶことをすればそう叩かれることもないと思う。さらに「趣味の世界から生まれたものの方が圧倒的に世の中を変えたり人々に感動を与えたりする」ものであるから、楽しんで仕事をした方が長続きができると思う。

哲学者ヒルティも「やってみるのは学ぶより勝っている」と言っている。受講しても実際に子どもを教えなければ、それはただ「聞いただけ」に終わる。

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スパイラル学習

「全国学力テスト」や「OECDのPISSA」の結果から、児童の学力低下が叫ばれるようになり、2011年から「新学習指導要領」がスタートする。今回は随所にスパイラル(螺旋)的な学習方法や応用的な問題が採用されるようになっている。

そもそも「スパイラル学習」とは別に新しい学習方法ではない。自分が30年前に読んだ、広岡亮蔵著(名古屋大学教授)『授業改造入門 1976年発行』の本の中に次のような「スパイラルな学習の構造」が記載されている。

             ↓

教材内容を、学年発達にしたがって系統づける。そのさいに、原則としては、心理的な螺旋形の繰り返しの系統、つまりスパイラルの学習が主要系統になろう。

スパイラルな学習とは、同一の主題について、たとえば、最初は未分化な第一段階から出発し、次にやや分化した第二段階へと上昇し、さらに、一面ではより分化するとともに、反面では統合関係が成り立つ第三段階へと、くり返しながら上昇していく系統づけである。 (直観→分析→関連の繰り返し)

例えば、『KIDS1』『分類テキスト』は、犬・猫・狐などを見て動物であることを分析して、その動物の関連性を探す。さらにP1~6までの分類をP7~16でもう一段階上げて学習するように作られている。対応操作の問題に関しても、『KIDS1』と『分類テキスト』で同じようなスパイラル学習がみられる。

その他、『ABACUS2A』~『ABACUS3B』、『ザ・かけ算』『ザ・かけ算2』、『ザ・わり算』『ザ・わり算2』もテキスト自体がスパイラルである。

また、たし算→ひき算・たし算→かけ算・ひき算→わり算・かけ算→わり算と演算の関連性を非常に細かく図解で学習できるようになっている。さらに整数→小数→分数も少しずつ(『小数テキスト1,2 分数テキスト1,2』) 繰り返し繰り返し学習を上げている。 (基本を非常に大切にした縦型教材である。)

SSKCLUBの学習体系は、今から20年前に構想し8年前に具体化(テキスト)したものであるから、今頃「スパイラル」と驚くことでもない。要するに学問とは、ブームや流行ではないから真実の学習体系をとことん追求して行けば、当たり前のような結果が出るものである。Fgdak

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チップによる学習効果

【年長児 数あそび Aクラス】

学習段階 KIDSドリル学習中

★本日の学習(チップ)

「ランダムに渡したチップから55枚を数えさせる。」

☆数えた後

質問「55の5(10の位を指して)って、何?」→「かたまりが5つ」

    「かたまりって何?」→「10だよ」

    「こちらの5(1の位を指して)って、何?」→「バラが5つあるんだよ。」

質問「55は10がいくつあるの?」→「5つだよ」

    「1は?」→「5だよ」

質問「どちらの5が大きいの?」→「そっちだよ(左を指して)かたまりだもん!」

☆10の階段作り

質問「チップをばらばらにして 階段を作ってくれない?できる?」→「できるよ」

55枚のチップを使って10の階段を作らせる。この学習は、数の保存概念と集合数と順序数が同時に獲得できる。

質問→解答→再度質問→解答と繰り返すことで、数の構成へ導くことができる。(このような学習を数日間すると効果的)

昨日のブログに書いた1年生より、はるかに数の認識が高い。数の構成を、いくら数字を使って分からせようとしても、発達がついていない場合は絶対に無理なことである。発達と学習を合わせる(レディネス)ことを知らない指導者から学ぶと、幼児は不幸になるような気がする。

『KIDSスペシャル』『KIDSドリル』では、順序数と集合数の一体化を学習する。特に『ドリル』は簡単な数直線も学習する。幼児の写真を見ると、指導者が指示を出さなくても左から順番にチップを並べている。つまり「数は左から大きくなる」ことを自然に獲得しているのである。(インフォーマル)

このようなチップ学習は、1年生の算数の授業でもしっかりできないことである。これが春になると花と一緒に開花する。なんとも美しいことである!

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先生の役割

昨日、三重県の会員の先生から指導について次の質問(電話)があった。

「33+22などの2桁の合成の問題で、十の位の合成はできるが、一の位の合成は間違えます。なぜでしょうか?」

これは、ブログ「珠算式暗算」でも書いた通り、2桁以上の計算になると急に誤答が増えます。それは「位」と「合成分解」という二次的思考が要求されるからです。さらにわからなくなった段階で児童はもう考えようとしません。したがって、そろばんの珠を図として見ているにすぎずパターン化計算に陥ってしまいます。(数→絵) 解決策は学習が発達より早く進行していますから前の学習に戻すべきです。

合成分解というのは、2+3・3+2・5-2・5-3のような問題であるが、その前提には、5珠を5と認識しているかどうかである。その先生に「合成分解の前の学習でつまづいた点はないですか?」と質問したら、案の定「2+6が上手く足せなかったのです。」 と答えた。これは完全に5の認識不足である。(ABACUS 1BかKIDSスペシャルを再学習)KIDSから学習した児童には、あり得ない間違いである。

計算を覚えることは可能だが認識は覚えることはできない!

3桁までの加減算は、約5000パターンもある。

以前、鶴城小学校(西尾市)で、普通クラスに算数ができない1先生男子2名がいて、そのクラスの担任の先生から「算数力を調べて欲しい」と依頼があった。そこで学校のテスト問題を使って検査したところ、1名が12+23・35-12等の計算は正答できたが、①12+□=35  ② 35は、10がなんこ、1がなんこ集まった数ですか。という可逆的な計算や数の構成的な問題になると全くできなかった。そこで先生に「このバランスの悪さはおかしいですね。何か特別な計算練習でもさせているのですか?」と尋ねたら、「公○へ行ってます。」と答えた。

計算をたくさん練習しても算数ができるようになるとは限らないのである!

このような事例から、算数は数の認識や数の構成が大切であることがいえる。基本的なことをしっかり学習した児童の方が、最後は応用的な問題に思考が働くようになる。これは加減算のことだけではなく、乗除でも同じことがいえる。くれぐれも「かけ算」の意味仕組みをしっかり教えて欲しい。指導者が九九を唱える(覚える)ことを要求した瞬間、子どもの思考力は止まるものである。

教育に対する方向性を間違えると子どもの成長の妨げになることを、教育者は知っておくべきである。

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ワカンナイ

井上陽水の歌に「ワカンナイ」がある。詩は「これだ!」

 Bjjmj                ↓

http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND37587/index.html

この詩は、宮沢賢治の「雨にも負けず」を茶化した歌であるが、サビに「君の言葉は誰にもワカンナイ」「君の時代が今ではワカンナイ」というフレーズがある。子どもの心には、時としてこの詩と似たようなものを感じることがある。

昔、『ザ・分数』の1ページを教えていたら、この4年生の問題○○○算数教室でやった!でも意味は教えてもらってないからワカンナイとつぶやいた!算数教育に携わっているにも関わらず「小数・分数の意味」を教えないとは、実に情けない話である。

これが「れいてん さん」 これが「さんぶんの いち」と、いきなり言われても、小数・分数の意味を教えてもらったことがない子どもには、きっと「君の言葉はワカンナイ」と思っているに違いない。珠算教育も似たような点があるから、口に出さないがきっと困惑している子どもがいるような気がする。

言葉や文字・数字は意味を含んでいる。極端な言い方をするならば「意味がわからなければ英語で話されているのと何ら変わらない」と思う。子どもが頷くのは単に「言葉が聞こえている」にすぎないかもしれない。

意味を教えないで、小数・分数を「ドリル」で攻めまくる教育(以前ブログで書いた内容を参考)は、私も「ワカンナイ」状態である。これだけ教育改革が叫ばれている時代にそれを改めることができなければ、もはや「懐古主義」以外の何者でもないだろう!

SSKCLUBの『テキスト』は「言葉がなぜかワカル・数がなぜかワカル・計算がなぜかワカル」全て『ワカル』ように作っている。

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学ぶ

1月19日より『ABACUS Lesson7A・B 解説&解答書』を発売開始した。これから随時『解答書』を解説付き解答書に変更します。解説書は、このブログのような難しい内容は記載していないが、指導のワンポイントは書いてある。ブログと解説書を読めば、講習会で話す内容は非常にわかりやすくなると思う。

このSSKCLUBは、「オリジナルテキスト・講習会・ホームページ・ブログ・解説書など」本当に学ぶチャンスが沢山ある会だと思う。講習会も会員であれば、どこの県の講習会でも「自由」に受講できる。『同じ教材で教える先生方』が集まって、子ども達のために勉強をすることは「教育本能」だと思う。

先日東大の先生がTVで「猿と人間の違いを一言でいえば、人間は協力する猿」と話していた。SSKCLUBも会員で協力し合って、講習会を全国(年間15回以上)で開催している。学ぶことは一人でもできるが、もしそれが間違っていればいつまで経っても花は咲かない。我々にとって「花が咲く」とは「子どもが育つ」ことである。SSKCLUBは間違った指導も正します。一度講習会に参加して考えを改めることも大切なことだと思う。(会員外も聴講できます。)

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問い合わせ

昨日、入会(塾)の問い合わせがあった。

「噂によると算数がよくできるようになる塾があると聞いて、電話をかけさてもらいました。今1年生ですが算数に困っています。入会できるでしょうか?」

話の内容からどうも算数塾だと思っている様子が伺えたので

「確かに算数はよくできるようになると思いますが、算数塾ではなく珠算塾なんです。」と応えたら、ビックリした様子であったが

「構いません算数がよくなるならば・・・」という展開であった。

珠算塾でありながら算数がよくできるようになる理由は、電話で理解させるのは難しいことである。とりあえずホームページを見てもらうように勧めた。

(ブログは難しい内容が多いので、止めた方が無難だと思う。)

このような入会の動機は、低学年ほど多い。なんとも昔では有り得ない話である。それだけ親の関心は、算数に向いているということがいえる。「仕事人」としては、必ず期待に応えたい。

1年生の算数が分らない児童は、算数教室や従来のそろばん塾へ入会しても効果は非常に低いと思う。それは、両者とも「計算ドリル」で教えようとしているからである。

今、子どもが分らないのは「数」である。を理解させることは極めて難しいが、SSKCLUBなら間違えなく応えられる。

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珠算式暗算

そろばんの計算が上手くなると、自然に「珠算式暗算」(読み上げ暗算と見取り暗算が習得できるようになる。この珠算式暗算(読み上げ暗算)に関しては、知能と暗算の相関は低いという研究報告がある。(伊藤善仁 知能と読み上げ暗算の関係)それによると、暗算は知能より学習方法によって向上するということである。さらに初歩的な段階は、学習量はあまり関係がなく、暗算も量より質が大切であるということがいえる。したがって、練習パターンと練習量を増やせば確実にそこそこの暗算の達人にはなれるということである。

読み上げ暗算と見取り暗算は同一の計算なのか?

読み上げ暗算は、数(言葉)を聞いて計算をするので「音声言語」(音の言葉)である。音声言語は耳を経由して側頭葉の聴覚野に入力される。読み上げ暗算は、時間パターンを持った音の刺激である。読み手が発した情報(数)を聞き逃したり一部を忘れてしまったりすると、全体の意味が全くわからなくなってしまう。

見取り暗算は、数(言葉)を見て計算をするので「書字言語」(文字の言葉)である。書字言語は目を経由して後頭葉の視覚野に入力される。見取り暗算は数を見て指を動かすと、刺激が視覚的に捉えられる。読み上げ暗算と違って、時間や空間を越えることができ相手に途中の情報を伝えることができる。

ところで公文式の計算は、そろばんのような図(珠)の計算(珠と数字の組み合わせた計算)ではなく、完全に数字同士の計算である。さらに計算のベースが1桁であるために、前頭葉の前頭前野を使う。このように考えると、計算の方法によっては、脳を使う場所が異なることからバランスよく学習(刺激)した方がよいということになる。

暗算の前に習うそろばんの学習も、1桁の計算から導入した方が前頭葉と後頭葉が刺激されることになり、脳のバランスも非常によくなるということになる。1桁の計算ならば、合成分解も確実に2桁よりできるようになる。2桁以上の合成分解は、桁数に意識が働き、合成分解が混乱して見えなくなる恐れがある。したがって修正には、「覚える」か「感覚で計算する」しかなくなる。これでは折角の脳の刺激効果が失われてしまう。

このように考えると「珠算式暗算も低学年は、1桁から導入した方がよい。」ということになる。

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見えるとは?

そろばん塾へ入学したての児童を見ると、当たり前のようにみんなやる気満々である。ところが、学習が上がるに連れてだんだんやる気が低下してしまう児童がいる。その第一の壁は、ズバリ「合成分解」である。

そもそも計算とは見えるものではない。そろばんは珠を使うことにより、数が見えるようになるから必然的にプロセスの計算も見えるわけである。それがイメージとなったものが、そろばんを使わないで計算をする「珠算式暗算」である。つまり、珠算式暗算とは映像(後頭葉を使う)の計算である。

そろばんの珠を、入れたり、はらったりすることから、数とプロセス(計算)が見える。それは、2+7とか12+36のような合成分解を含まない計算の場合に限られる。ところが、3+4、94+28などの計算には合成分解が含まれ、今まで「見えていた計算が突然見えなくなる!」 これは児童にとってはサプライズである!

この消えた数(計算)が見えるようになれば、児童の心理は安定する。珠算の先生は、殆ど現役時代「そろばんの達人」が多いので、児童はなぜ合成分解がわからなくなるのかと、あまり深く考えようとしない傾向がある。できる人間はできない人間の心理がわからないと同じであろう。(政治家と同じ)昨日のブログに書いたように「根性で乗り切る」ような発想が生まれるのも仕方ないかもしれないが、厳しい言い方をすれば珠算は学問というよりスポーツなのか?と思えてしまう。

では「見えないものは見えるようになるのか?」これは先生より、むしろ教材の力を借りた方が簡単に見えるようになる。長い間、合成分解が見えないままでいると、やがて児童はアンダーアチーバーになり、そろばんのやる気がどんどん低下してしまうようになる。その逆に数が見えるようになれば、計算がわかるようになり、オーバーアチーバーなる。もはや児童の能力は全開になり、珠算も算数も国語にも影響し始める。これが学問の連鎖というものである。

「教材はどれも同じ?」なんて考えているならば、この世から研究も要らなくなってしまうのではないだろうか。

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競技大会

ソーンダイク(米国)は、1922年の『算数の心理学』において、「たし算の筆算は位を揃えて数を書くこと、同じ位の数をたすこと、たし算と同じ位の数のみをその位に書くこと、等といったきまりを学習することで、与えられた問題(刺激)に対して、答え(反応)が得られる。また、教師はこの点を十分に考慮して、刺激と反応を正しく結びつける学習をさせなければならない。つまり適切な計算ドリルと練習を十分な時間をかけて与えることが大切である。」と述べている。

日本の算数教育は、アメリカの教育からいつも10年遅れで「学習指導要領」へ取り入れられていることから、日本の算数教育にもソーンダイクの「計算ドリルと練習の時代」があったことが裏付けられる。この時代背景から珠算教育も必然的に「競技大会」「検定試験」重視になったことは、歴史上自然であると思われる。(珠算ブーム)

競技大会については、『珠算の競技会』(暁出版)全珠連編集(昭和55年発行 岡 保著)がある。その中で、「選手の要項」という内容が記載されているので紹介してみる。

珠算学習者の総てが選手になれるものでもなく、多数の学習者の中から要件を持ち合わせる者を、どのように育成していくかが課題となる。いくら根性があっても素質がなければお話にならない。逆に少し根性に欠ける者でも、素質があれば指導により根性をつけさせることも可能と考える。要は学習者の素質を早く見抜き、時期を逃さず、如何にやる気を起こさせるかが指導者として大切なことではないだろうか。(中略)優秀な選手を育成するためには、その選手指導の何倍もの労力を注ぎ込む指導者としての気概を必要とするものである。

この「競技会」については、珠算指導者の中には賛否両論があると思うが、時代背景が違っていることをふまえると、この「根性論」は、現代では教育錯誤にほかならない。

前回掲載した和田秀樹氏も「才能が必要な習い事は無理にさせない。子どもにものを教える際に大事なのは、やっていると上手くなるという感覚を持たせるかどうかだ。習い事は上手くならないとイヤになる。そろばんは誰がやっても上手くなる。」と述べている。

以上のことから「よくできる子どもが、猛練習してそろばんの達人になる」より、「普通の子が、普通に学んで普通に上手くなる」ことを追求した方が、珠算教育は公に広まると思う。さらに「算数に困っている子どもが、普通にそろばんを学んで、普通に算数ができる」ようになれば、珠算は普遍的で社会性の高い教育になれると思う。

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カリキュラム

和田秀樹氏(精神科医・教育評論家)の『小学生の子を持つママが知っておくべきこと』(PHP書)の中に、次のようなことが書いてある。

2011年から新しいカリキュラムが始まったとき、その準備をしていないと、大変なことになる。教科書のレベルが高くなると、子どもの負担は大きい。

「先取り学習」・・・これは親の責任である。知育に関する限り、今の学校ではとても足りないものだと自覚することが大切である。今以上のカリキュラムを親が用意する。それが難しいと思うのであれば、塾の力を借りるようにする。

この内容を考えると、「新学習指導要領」が難しくなるから早い時期から対策をした方が無難ということだ。特に算数は、系統的な学問であるから、始めに躓いたらかなり後が厳しくなる。つまり1年生の算数をとらえるならば、「KIDS数あそび」を学習すれば、間違いなく躓く可能性は低くなる。

前回のブログの中で、「家庭で教えられないことの内容を、『SSKCLUBテキスト』は全て教える」と書いた。さらに「計数そろばん」という最強の教具を使うことで、幼児の発達にピッタリ当てはまり、モチベーションも高まる。発達と学習が一致すれば、自然に「むりなく、かくじつに、そろばんも算数もできる」ようになる。

そろばんを習う動機については、都会の方が地方より確実に母親は「算数」を意識している。ネットの「そろばんか公文か」というディベート形式の書き込みを見れば、それが理解できる。そろばん塾は計算器の技術を習得することが目的であるから、この論争は昔では到底有り得ない話である。最近のそろばん塾は、「算数の計算(暗算)に役に立つ」ということを唱っているが、もっと頑張って「数学的な能力が習得できるそろばん教育」にチェンジすれば、珠算教育のイメージは変わり、確実に社会に貢献できるようになる。

SSKCLUBは、そろばんという習い事を秘めた算数教育である。今から2011年からの新しいカリキュラムを楽しみにしている!

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数概念

幼児期における数概念の発達に関して、学校で学習する以前に獲得(インフォーマル)される数の知識を挙げてみる。

《家庭で教えられるもの》

数唱(数を、いち、に、さん・・・順々に唱える)・計数(物と指を対応させて数える)・加減算・命数(数字を読む)・記数(数字を聞かせて書く)

《家庭で教えられにくいもの》

多少判断(物を多い・少ない・同じと判断する)・対応(物と物を一つと一つ、一つと二つに組み合わせる)・集合数(同じ物を集める)・順序数(物の順番を数でとらえる)・系列化(多い順、大きい順等の法則)

家庭で教えられるものは、インフォーマルされやすいが、家庭で教えられにくいものはそれが難しい。

『KIDSテキスト』は、家庭で教えられにくい多少判断・対応・集合数・順序数・系列化まで含めて学習ができる。家庭で教えることが可能であるものを、幼児に沢山学習させても算数の花が咲くとは到底思えない。むしろ家庭で教えられないことをしっかり教えることにより、児童の算数力は後からどんどん付いてくる。

例えば、対応は幼児期だけの問題ではない。一つと二つ(多数)に対応できるということが、かけ算の基礎となる。「1皿に3つずつ・・・(1対3の対応)」は、対応する能力が根底にないと、計算の意味・仕組みの理解へ辿りつくことは不可能である。計算とはその後についてくるものである。

九九を覚えることは、家庭でもできることだから、別に塾で一生懸命唱えて練習する価値は低い。それより、数の認識からかけ算までのプロセスを教えた方が、遥かにかけ算の計算はよくできるようになる。かけ算が分かれば、わり算も分かる。わり算が分かれば、小数・分数へ繋がって行く。つまり「九九を速く唱える」ことを目指しても、小数・分数が分かるようになるとは限らない。(直接相関が低い)これは算数教育および珠算教育としては、ダメな学習方法である。

SSKCLUB(珠算=算数)は、家庭で教えられない算数能力の開発まで考えている。

親が教育機関の選択ミスをしないように心がけることが、子どもの幸せに繋がることであると思う。

          子どもの幸せ=SSKCLUB

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作問法(2)

江戸時代にブレイクした「和算」と、それに伴い発達したそろばん。明治維新になり和算は「近代算数」に変わり、日本の教育から全面廃止が決定された。しかし、和算家たちの根強い反対運動があり、日本の算数は欧州から20年遅れてしまった。その後、算数は『検定教科書』となり「数え主義」(順序数を使った数え足しの計算→後の暗算主義)と「筆算主義」の争奪戦を経て今日に至ったわけである。

そろばんは「人間が使う道具」である。道具であるから「計算器」と定義される。(電卓は「誰でも使える便利な機械」であるので計算機となる。)そろばんは道具として明治~昭和の経済を支えた。しかし、そろばんは道具から離れても計算ができるようになる「暗算」が獲得できることから、そろばんは大変優れた「計算器」として現在も重宝されている。

ところが、道具であるそろばんを使いこなすには、優れた技術が求められた。そこで寺子屋が生まれ「珠算教育」というハイテク産業への道を辿るようになったわけである。目的が道具というそろばんと算数の関連については、当時誰も異論を唱える者はいなかった。しかし、昭和の後半、電卓の普及が始まり計算器としてそろばんの需要は著しく低下して、やがて計算器という立場から、算数=珠算という考えが巷に広がり始めた。

珠算の作問については、昭和13年に現在の五珠1個と一珠4個のそろばんが普及し、全珠連が1960年に『珠算叢書』(作問書)を発行し、その20年後に現代の珠算の基となる『珠算作問法』を発行した。このような歴史的背景を考えると、確かに珠算は素晴らしい功績を残してきたと思う。しかし、現代の社会情勢(珠算の低年齢化・計算機の普及・教育の多様化)等を考えると、作問を根本的に見直し、時代に合った珠算に改定する必要があると思う。

SSKCLUB『テキスト』は、古い歴史の中にある大切な文化・知識をふまえながら、21世紀の珠算教育(幼児教育と算数力のUP)という新しい考え方を取り入れ、子どもが理解し易く、知的財産を獲得できるような教材を提供しようと思っている。

           温故知新=SSKCLUB

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作問法(1)

今年もSSKCLUBの先生方から沢山の年賀状を頂いた。先生方のコメントには「生徒が増えて授業が充実してきました」という内容が実に多い。先生のやる気は、児童のやる気を引き出す。今年もよい授業を目指して頑張って欲しい。

SSKCLUBを創設して今年の7月で丸8年である。毎年サプライズの連続であったが、その中で一番の喜びは『テキスト』の完成度である。特に1年生が合成分解を一発学習で通過してくる光景は、何度見ても「感動」!である。これはプロであれば誰もが願うことだと思う。

よく考えると、合成分解は算数である。珠算の合成分解を「算数的な作問」にチェンジすれば、子どもは自然に考える合成分解をマスターすることができる。厄介な、覚える合成分解を使わなくて済む。しかし、珠算には昔から「珠算作問法」というものがある。この作問法については、30年前に父親から指導を受けたことがあるが、児童が「合成分解を間違いなくできる」ようにならない限り、それは決して正しい作問法であるとは考えられなかった。つまり学問とは、「疑問と疑い」から始まり、失敗から成功を導くものである。

あれから20年の時が流れ、ようやく辿りついた作問法(SSKCLUBテキスト)が算数であったということは、「灯台下暗し」の何者でもなかったような気がする。

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計算の仕組みと法則

あけましておめでとうございます。

本年もSSKCLUBを宜しくお願いします。

1月1日発行の『全国珠算新聞』(全珠連)が届いた。今回、三重大学教育学部教授、全珠連学術顧問の上垣渉先生の「みちしるべ」が掲載された。その内容を一部紹介してみる。

平成20年4月に実施された文部科学省の学習テスト(A)の一つに、約150平方センチメートルの面積のものを、「切手1枚」「年賀はがき1枚」「算数教科書の表紙」「教室一部屋分のゆか」の中から選ぶという問題がありました。その正答率は、実に17.8%という低いものでした。

そして、この種の問題に関しては、過去の多くの学力調査で、常に低い正答率であり、その都度、識者は「量感覚が身に付いていないからだ」と指摘していました。今回の低い正答率に対しても、文科省の解説は「面積についての感覚を身に付けることに課題がある」というものでした。しかし私は、正答率の低さの原因はもっと別なところにあると思っています。つまり、単位のしくみ(法則)の無理解が最大の原因であると思います。

                 (中略)

重要な単位の仕組み・法則を教えないわけだから、子どもができないのは当たり前です。面積の単位のような「組立単位」は一定の法則に従って整然と作られているのですから、その「しくみ」こそ教えなければなりません。

算数には、単位のしくみ以外にも、法則的に構成されている内容が多くありますから、その法則性を教えることが大切だといえます。

今回の「仕組み・法則性」を珠算教育にあてはめてみると、例えば、「小数の乗除計算」は、3級の「定位法」を基にして教えている。この「定位法」は「答えの一の位を乗数・除数の桁数によって定める」という点では法則性があるが「計算の仕組みは教えない。」という問題点もある。わかり易くいえば「小数の意味・仕組みはわからなくても、計算はできる。」というおかしな法則である。

「なぜ計算の仕組みを教えないのか?」という疑問については、「なぜ計算の仕組みが教えられないのか?」と捉えた方が正解かもしれない。それは、小数計算の前に「小数」という数を教えないからである整数に置き換えて考えれば、5という数がわからない児童に、2+3・2×3の計算がわかるでしょうか?わからなければどうします?「強引に覚えさせるしかない。」となりませんか?「小数とは何かわからない。小数の加減計算もわからない。でも乗除計算はできるようになる。」この矛盾はどう考えても悲しい。さらに整数の暗算は得意だが、小数の暗算は不得意。これでは、せっかく習った計算力が死んでしまう。そう思わないだろうか?

この小数計算を整数と同じように、数の理解(小数を教える)→加減計算(小数の100分1の位までの加減計算を教える)→乗除計算(小数の計算を筆算と同じ構造で教える。)と展開すれば、小数の計算はガラリと生き返ってくる。(珠算教育も変わる)それによって児童のモチベーションも同時に上がってくる。さらに「そろばんの教具性」を利用すれば、単位の換算も非常にわかり易くなる。

つまり、上垣先生が論じていることは、

SSKCLUBは既に実践している!

新しい年を迎え、厳しい発言をしますが、これも珠算教育の発展のためです。

どうぞ今年も「SSKCLUB ブログ」を宜しくお願いします。

HgerkskeFalkf

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