実数のみの計算は危険

『テキスト』と一般的な『珠算教材』の違いは、『テキスト』は、「物体」→「実数」のプロセスがあるが、『珠算教材』は、はじめから実数を扱う点である。

大多数の珠算の先生は、『テキスト』の体系に反対意見があるようだが、この根拠は何だろうか聞いてみたい。

例えば、「りんご2こと、3こを あわせて なんこ」かは、計数そろばんを使えば、幼児でも問題なくできる計算である。

ところが、そろばんを使うと、「五珠」がネックとなる。

つまり、計数そろばんの5とそろばんの5は、明らかに物体が違っているのである。

計数そろばんの5は、具体的分離量であるが、そろばんの5は、抽象的分離量(虚数的分離量)である。これを幼児にいきなり「5と理解せよ」ということは、ある意味無謀なことである。

また、2mや5dLなどは、この世に存在しないもので、それらはいつも物の「長さ」や、「かさ」としてしか実在しないものである。

これに小数を含んだら、さらに難しい世界に入り込んで行く。

0.2、1/2という実数だけを処理できても、それは単なるその場しのぎにしかならない。

何れ児童は算数から数学や自然科学、さらに日常生活においても、物体から量を扱うのだから、整数も小数を教える場合をふまえて指導し、実数からの導入は慎んだ方がよいだろう。

田中そろばん講習会

今日は田中そろばん(株式会社新日本 SSKCLUB賛助会員)の講習会が開催された。

テーマは、「幼児や1学年の重要ポイント」であったが、特にできない児童をどう教えるかについては、ズバリ「発達と学習」を一致させることに他ならない。

つまり、『テキスト』を間違えずに導入することであり、幼児・1学年に、何をしっかり教えたらよいかである。

日頃から「数概念・数観念をしっかり教えることが計算に繋がる」と話しているが、中でも「合成分解」と「十進位取り記数法」はそろばんの命なので、しっかり定着するまで先を急いではならない。

この2点が分かれば計算は自然にできるようになるが、この2点を定着させるために、『KIDSスペシャル』は欠かせないテキストである。

KIDSスペシャルは、ただ単に『KIDS1~5』の復習版と考えるより、再認版と捉えて欲しい。

幼児や1学年は、目や手で感じて数を認識していく点を考えると、「チップ」と「パズル」も重要な教具なので、指導者はこの点を十分に理解して、是非とも有効に活用して欲しい。

今回初めて受講する先生も多い中、最後まで真剣に聞いて頂き、ありがとうございました。

今日の講習内容を心に焼き付け、今後の指導に一層磨きをかけて欲しいと思う。

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KIDSドリル

全国大会に向けて『ドリル&テストの解説解答書』を書き始めた。

『テキスト』とは違った角度の解説もあるので、頭の中の知識を搾り出している真っ最中だ。

『KIDS』は、チップが重要な計数力を養う教具であるが、『ドリル』はそれを基に「たし算・ひき算」を展開している。

例えば、10+10の計算は、10という数が既に計数されているが、よく考えると、量は未測量から既測量へと転化していくものであるから、幼児期に既測量の計算ばかり与えると、連続量も同じように調節してしまう可能性が高くなる。

つまり、25㎝と30㎜を足し合わせる場合も、25+30に一気に拡張されてしまうことだ。

これがいわゆる「形式不易」と呼ばれているものであるが、そろばんは、珠が分離量化されているので、単位をしっかり理解させないと危険である。

ただ、逆に分離量化し易い長所もあるので、その点を上手く指導することがやはり大切になる。

『KIDSドリル№6』の「子どもが10人」は、誰が数えても10人なので、式に助数詞は不必要になる。とくに2番の問題は、なお更、助数詞は付けられない。

それより大切なのは、計数した後に演算の意味を理解させて、計数そろばんで操作できることを教えることであろう。

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珠算教育と量について

算数は抽象性と論理性を学ぶ重要な学問である。

重要な学問である反面、抽象性と論理性から沢山の児童を「算数ぎらい」にしていることも、まぎれもない事実である。

一例をあげるなら、算数を指導する際に、実在のものとつなぐ『量』を使うと、抽象性が具体性を持ち、尚且つ論理性を分かり易くするようになる。

もっと具体的に述べるなら、0.8÷0.2のわり算については、(0.8×10)÷(0.2×10)=4と展開するが、これに量を加えると、0.8L÷0.2L→8dL÷2dL=4となり、量を用いると非常に分かり易く具体化される。

このように、単位は換算だけに止まらず、小数のわり算にも威力を発揮する。

従来の珠算教育は、「具体的分離量」→「整数」→「小数」←「具体的連続量」の構造的なつながりが欠落しているので、児童にとっては「順序数」のように単一的な集合体になってしまう。

珠算教育も空間的なものを存在させれば算数と簡単に融合できるが、実際問題として『分離量から連続量に繋げる教材』を具体化するのは難しいと思われる。

幼児・低学年に、是非とも「具体的な分離量」「具体的な連続量」をしっかり指導し、珠算を実在的な世界に呼び戻す礎を築いてほしい!と願う今日この頃である。

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愛知県本部講習会

平成24年の最初の愛知県本部講習会も無事終わり、今年も順調に良いスタートが切れた。

先生方を教える場合、当然すぎることだが、大人も子どもと同じ「人間」である事実を、常に認識しながら話すようにしている。

確かに、大人と子どもは成長上の大きな違いがあるが、同じ身体構造、同じ動作構造を持っているが故に、同じ情動構造からくる反応システムも同じである。

その証拠に、講話中に「話がわかる瞬間」は皆頷く。

物を押せば動き、太鼓は叩けば音を出すのと同様に、瞬時に呼応する反応がかえってくるのだ。

このような「はめこみパターン」は、双方が同じ目的をもっていなければ成立しない。

なぜ「会員限定」の講習会なのか?この意味も「双方の波長」が合えば、説明する必要もない。

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心に訴える

正月に送った『メートルワールド』(検査用)も、3回目の修正で、やっと完成に近づいてきた。今回の修正で自分でも納得できるものに仕上がったので、「ホッ」としているところだ。

【写真は大幅な修正箇所】

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『テキスト』作りは、確かに「苦諦」のように「知り尽くすべき苦しみ」があるが、世のため、人のため、自分のためだと思えば、少しは気持ちが楽になる。

詩の原意は「訴え」であるらしい。

『テキスト』は、ある意味「詩」であるかもしれないと自負している。

講習会でも「吼える」のは、これも実は「訴え」が根底にあるからである。

今週の日曜日に後半戦の講習会が始まるが、あと9本の講習会も頑張って無事こなしたいと思う。

今年も「訴え」ながら1年過ごして行けますように!

学習の味わいとは

乳児がものを口にするのは、人間は五感から物事を理解するメカニズムがあるからであろう。(感覚運動)

幼児になっても、まだその名残があることから、幼児にものを教える場合も五感を大切にしなければならない。

視覚や聴覚は遠くにあるモノを認識できるが、味覚は「体験性」のものであり、尚且つ、味わうことは精神的行動の兆候であり、発達的には精神的な人間形成の第一歩となる。

ある有名な料亭の主人が、「ものの味わいが判る人は人情も判るのではないのかと思いやす。人が働いてくれるということ、この情愛がわからん人々が多いさかいね。」と述べたという興味深い話がある。

サルトルも「認識、それは眼で食べることだ」という言葉を残している。

ものを食べたり・見たり・聞いたり・触れたりすることは、幼児期には重要な発達要因となる。したがって、「計数そろばん」「チップ」「パズル」を、見て動かしたりする行為は、知能の発達に欠かせない学習となる。

ただ、幼児の能力は個人差があるので、見なくても「言葉」で通じる場合もある。

この点については、指導者の判断が非常に重要になることは言うまでもない。

『KIDS』を学ぶということは、「よく咀嚼して味わう」ということと同じであろう。

注意と興味

そろばんの指導者は、往々にして「注意して計算しなさい。」という言葉を連発するが、この注意とは、「数字の読み違い」や「珠の弾きそこない」のみに限定した声掛けである。

子どもも先生から「注意して計算してね。」と言われれば、この点に関してはかなり集中すると思われるが、注意しても同じ間違いを繰り返す場合もある。

例えば「合成分解」「定位法」などは、法則を間違って理解すると、どんなに注意をはらっても、誤答は一向に減らないだろう。

だが実際にそろばんが上手くなるには、注意することより、むしろ『正しい法則を理解させること』の方が大切なのである。

この法則を理解させるには、児童が『分かる喜びを見出し、興味をもってくれるような指導を心掛けること』で、SSKCLUBの会員も「学ぶ」ことから「興味」が湧き出し、講習や指導が楽しくなっていくが、正にこれと同じ原理であると思われる。

興味を持たせながら指導することは、多元的なので非常に難しいと思うが、ただ漠然と「注意しなさい。」という一元的な指導法を慎めば、児童の能力は今よりずっと多元的に開花する。

このコツを掴めれば指導は一層楽しくなるし、学ぶ側も同様の波長をもって、生き生きと授業に臨むようになる。

2012年はそんな授業形態を目指し、是非とも『良い先生』になってください。

会報31号の訂正とお詫び

 先日、お送りいたしました会報31号p.18p.40の「SSKCLUB全国講習会情報交換レポート」内で、会報編集上の文字サイズのミスで、レポートを執筆いただいた3名の先生方のお名前が見えなくなってしまっている箇所がありましたので、ご報告させていただきますとともに、ご執筆いただいた先生方に心よりお詫び申し上げます。

p.18)(誤)福岡県本部講習会に参加して

      『文字テキスト・KIDSパズル・カード・チップ』

(p.18)(正)福岡県本部講習会に参加して

      『文字テキスト・KIDSパズル・カード・チップ』

       福岡県 城戸安子 

p.28)(誤)島根県本部講習会に参加して

      『ザ・かけざん1・2/ABACUS Lesson4/ドリル』

⇒(p.28)(正)島根県本部講習会に参加して

      『ザ・かけざん1・2/ABACUS Lesson4/ドリル』

      島根県 川﨑秀樹

p.35)(誤)千葉県本部講習会に参加して

      『メートルものがたり』『ABACUS Lesson12

⇒(p.35)(正)千葉県本部講習会に参加して

      『メートルものがたり』『ABACUS Lesson12

      千葉県 池田恵美

以上、3名の先生方です。

大変申し訳ございませんでした。

将来役に立つ珠算を考える

昨年亡くなったスティーブ・ジョブス(アップル社)は、自分と同世代の男性としても共感できるところが多い。

コンピューターと言えば、自分が大学時代に普及してきた機械であるが、その頃のコンピューターは、軍事兵器の開発や金融システムの複雑さを緩和する構築で使われていた。当時のコンピューターは、専門知識がなければ使えない上に、値段も高かった。

彼はいつも25年先の世界を見つめ、「技術は短期間で廃されるが、生み出された物語は何十年、何百年と受け継がれていく」と説いていた。 四半世紀経った今、コンピューターは 見事に普及し続けている。

物語には感動がなければならないが彼の功績は偉大である!

また、彼はピカソの「優れた芸術家は真似し、偉大な芸術家は盗む」という言葉にも、かなり影響を受けたらしい。要は、この世にある五万というアイデアをどう創造していくかで、言うならば「巧の技を盗む」といったところであろう。

これを我々に置き換えて言うなら、昔からある「そろばん」と「算数」を融合して新しい物語を作っていくことで指導者が先ず「感動」しなければならない。

この感動は、一部の児童だけではなく、沢山の児童にも通じ、必ずや将来役に立つ能力を養うようにしなければならない。何れ児童も25年先には親になる。その時代に、きちんと残せる教育が重要であることを理解して欲しい。

自分も含めて先生方も同様に、大いにknow-howを盗んで欲しいものだ!

今年もマイペースで

明けましておめでとうございます。

今年も例年通り、「子どものため」「珠算の発展のため」に、マイペースで健康に留意しながら頑張りますので、宜しくお願いします。

現在、塾は冬休みに入っているが、今日から「SSKCLUB」の仕事を開始した。

『テキスト』は、物理的に限界があるので、近い将来「打ち止め」になる可能性も否めないが、「指導者の育成」に関しては、命ある限り続けたいことのひとつである。

なぜなら、自分の周りにはまだこれから色々なことを教えなければならない人が沢山いるからである。

「1年の誓い」など新たな思いは特に無いが、1年の始まりも終わりも同じ気持ちでいられることは、とてもに幸せなことである。

あらためて、児童や先生方に感謝したい。

とりあえず、今年もよいスタートができて良かったです。

ありがとうございました。

今年も残すところあと1日となり、無事に1年を過ごせたことは何よりである。

最近は、日々のコンディションも安定し仕事も多いので、心身ともに充実している。

来年もこのまま継続するには、「毎日をどう過ごすか?」に尽きるが、生産性のある人生は、生産性のある日々の積み重ねだから、その日の目標はその日に終わるように心掛けるのが常である。

1月2日に『会報31号』を発送する予定。

到着したら即!読んで欲しい。

正月の三ケ日は、「宅配されず」というケースが希にあるので、届かない先生は事務局まで御一報ください。

来年も今年同様によろしくお願いします。

1年間ありがとうございました。

『テキスト』への思い

そもそも発明や新しいアイディアは、無から有を作ることはできない。

今年発売した『メートルものがたり』と来年発売する『メートルワールド』も、「メートル法」を基にした『テキスト』であるので、既存のものからの変化に過ぎない。

『テキスト』は、子どもの成長に合わせ、尚且つ学校や社会から習得していく知識を基盤として、珠算塾のシステムに合わせて創造していかなければならない。

つまり、珠算と算数の新しいあり方や価値の発見による関係づけである。

今、書いている『メートルワールド』も既存の『テキスト』も、書いては消し、消しては書くという繰り返しがあったわけで、自分にとっては「常套的秩序」への挑戦である。

混乱や困難への忍耐力がないと続かないし、結局「限りない満足と限りない不満」の連続なのかもしれない。

今年も残すところ僅かであるが、「本部講習会」、『テキスト』それに『ブログ』も、それなりに満足できた一年だったので「良かった」と思う。

メートル法

今年発売した『メートルものがたり』の講習は5回あるので、かなり多くの先生が聴講されると思う。ただ、他の『テキスト』も重要なので、3月~6月までの講習会にも是非参加して欲しいものだ。

さて、来年発売の『メートルワールド』も最終段階に入って、現在改訂をしているが、「メートル法」のテキスト制作はかなり難しいと感じている。

「メートル法」ができる前に、フランスでは800種類の単位があって、ルイ14世が新しい単位を作るように「王立科学アカデミー」を設立して科学者に依頼した。

当初1年計画の予定だった測量も「フランス革命」が起こった為、結果的には7年を要した。この時代、望遠鏡が「武器」に見えたらしく、科学者が次々と捕らわれ、牢獄暮らしが続いた。

この「メートル法」の制定の合言葉は「全ては人々のため、全ての時代のため」である。さらに、ナポレオンも「征服者はいつか去る。だが、この偉業は永遠である」と語った。

どの時代も「世のため、人のため」の姿勢で行うことは重要である。

特に、我々は教育に携わる者である以上、個人の利益の前に、「子どもの幸せ」がなければならない。

先日、京都の講習会でM先生から「子どもを幸せにする、先生の言葉がずーと心に残っています。」と褒められた。

今年最後の『メートルものがたり』の講習だったが、まだ、しばらく「メートル」から離れられそうもない。

滋賀県本部講習会

平成23年の本部講習会も滋賀県を最後に無事終了した。

今回は『メートルものがたり』『小数1』「小数2』と、4時間で3冊。全内容を講話するのは到底無理だが、何とか参加された先生が満足のいくものはないかと考えた結果、『小数2』は全体の構造を、『秘策のパネル』を使ってピンポイントで話した。

たぶん今までの『小数2』とは、全く違った感覚で捉えて頂けたと思うし、今回参加された先生方にとっても、最大の収穫で超ラッキーであったに違いない。

「連続量」から始まった話も、最後は「小数・分数の世界」に入り込んでいく。この流れから、やはり算数は「繋がっている」ということを認識して欲しいものだ。

特に小数は十進構造をもっているので、尚更そろばんを上手く使うことで構造の理解を深めることになる。

「そろばんと算数の融合」は言わば「未知との遭遇」のようなものだから、この先の結果は予測し難いが、これが逆に人生を賭けてもよいほどの仕事に化けてしまう。

今回の「滋賀県本部講習会」の垂れ幕は、めちゃめちゃグッド!だった。

だんだん会員が本気にこの教育にのめり込んで指導をしている証拠であろう。

中途半端な気持ちでプロと言うならば、それは児童や保護者様に対して大変失礼なことである。

今年も満足な1年だった。感謝の気持ちを込めて今年一年を終えると共に、また来年の講習に備えたい。

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講習は大切に!

昨日、『会報31号』の印刷が終了した。

まだ、製本、袋詰めの作業があるが計画通り進んでいるので、会報に携わって頂いた先生方に感謝ですね。「ありがとう」

さて、明日は今年最後の滋賀県本部講習会(京都)が開催される。

テーマは石川県本部講習会に続き、『メートルものがたり』、『小数1』であるが、今回は『小数2』もあるので、「連続量の意味」→「単位の換算」→「小数の意味」→「小数の乗除」の関連性が高い講義となる。

もちろん、理論的な話が多くなると思うがそこは逃さずしっかり聴いてほしい。

それにしても、最近はどこの県も受講者が多い(重複して参加)ので、入り口は意図的に変えているが、出口(結論)はいつも通り同じ結論になる。

これをオーディオで例えていうならば、入り口の「プレーヤー」と出口の「スピーカー」によい機器を配置しないと、良い音は鳴らないということと同じであろう。

つまり、アンプが劣っても問題無いということだ。

よい音を聴くと「耳が肥える」と言うが、講習会も数回聴くと確実に「頭脳が肥える」。

講習会に参加する際は、是非「よい音」を探してください。

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計数そろばんと数観念

写真の①の三角形を見て、大人は三角形の上に紙がのっていると見なすことができる。

イギリスのバウアー(ミネソタ大学教授)が幼児に行った「知覚」の実験でも、条件づけをすると、①=② ①≠③ ①≠④という結果が統計的に証明されている。

欠損していても△と見なすことができるのは、見ている対象そのものが持っている性質に反応できるということに他ならない。

さらに、この性質を構造化していくことが知覚であり、知覚から認識が獲得できるわけである。

計数そろばんは、布数した数の下に絶えず10の補数が見えることで、普通のそろばんに移行しても問題なく補数を認識できるようになるし、無理に「たし算九九」を覚える必要もないのである。

これは、△の図と同様に、構造が違えば知覚も認識も異なるので、「7+3」「10-7」などの10の合成分解は、計数そろばんの方がはるかに優れていることになる。

例えば、「7」を普通のそろばんに布数した時と、計数そろばんに布数した時を比較すると、普通のそろばんは7の下に2個の珠が見え、計数そろばんの下には3個の珠が見える。

実際にこの違いを見た児童にとっては、普通のそろばんと計数そろばんは「構造が違う」だけでは済まされない重要な問題なのである。

なぜなら、普通のそろばんを「9までの数を表す9珠そろばん」と考えるなら、相対的な10をイメージすることが1回もない(永久にない)からである。

相対的な数が知覚できない段階で、これを「認識して欲しい」と言い聞かせても無理だろうし、いくら言葉で「7といくつで10」と質問されても、イメージが湧くはずがない。

つまり、数観念は獲得できないということだ!

そろばんが「9珠そろばん」でOKなのは、「関係概念」と「数観念」を獲得した後である。

そろばんは機能的に優れた教具であるが、優れているが故に間違った使い方や誤った指導をすると児童が困惑するので、この点を十分に考慮しながら導入して欲しい。

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石川県保護者会

12月10日(土)・11日(日)の両日、石川県で「保護者会」と「本部講習会」が開催された。

「保護者会」については、初めての試みだったが、先ずは日頃SSKCLUBに深いご理解を頂いていることについて、心からお礼を申し上げた。

計算には、「実務計算」と「算数的計算」の二面性があるが、現代社会においては、計算機器の発達で、「そろばん」が計算器の役割を果たす機会が少なくなっていることは事実である。

むしろ、「概算」や「見積」のような算数的な「数感覚」を養いながら計算力を高める教育の方が重要視されていることは、保護者様も十二分に納得されたようであった。

高度の計算は、計算機器に任せ、算数における観念や思考力を「そろばん」を使って共存した方が児童は確実に「珠算と算数が融合」できるようになる。

さらに、長さや液量のような「連続量」は、単位の換算が難しいが、ソフトとそろばんを使えば必ず理解できるようになる。

保護者様の質疑・感想の中に「現代社会では、難しい計算はエクセルを使えば問題なくクリアできるので、式を作ることや数の判断の方が重要視される。」というご意見があった。全くもって同感である。

思考力や創造力を高められるSSKCLUBは、従来のそろばんが遥か彼方に払拭されたような雰囲気さえ感じとられ、そんな空気が会場全体に漂っていたような気がする。

また、『KIDS』の有効性にもご理解頂き、著者としても非常に嬉しい限りである。

写真は、保護者様と児童であるが、「子どもの幸せ」に貢献できる仕事であることに、改めて感謝したいと思った。

石川県の会員の皆さん・金城幼稚園の先生方、大変お世話になりました。

ありがとう!

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小数の位

平成23年度から「新・学習指導要領」のもと、新しく教科書が替わった。小数点の右の位について『啓林館』は「1/10の位」、『東京書籍』は「小数第一位」と表記されている。

また、学習順序も『啓林館』は「分数」→「小数」、『東京書籍』は「小数」→「分数」となっている。

小数と分数の違いは、小数は十進構造をもっているので、「小数第一位」と表した方が分かり易いというのは言うまでもない。

そろばんは、十進構造がきちんと定まっている教具なので、分数より小数の方が理解し易い。

ただし、それぞれの意味と仕組みを理解させることは両者とも重要であるが、いずれ分数と小数は「再構成」され統合されるので、優先順位にあまり拘る必要はないと思う。

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幼児教育について7

幼児は「方向性」が低いが、これは何も鏡文字や左右だけではない。

例えば「6」を布数する場合、計数そろばんでは下から上に珠を6個動かせばよいが、そろばんは、5は上から下へ珠を1個、1は下から上へ珠を1個動かすことになる。つまり1と5が逆の動きになる。

幼児の方向性の認識は、一般的に7,8歳児と逆の形態が働いているので、「入れる・はらう」という珠の動きが、1珠と5珠について再構成しなければ理解できないわけである。

このように、幼児に「そろばん」を使用することが、果たしてどれだけ高いハードルなのかという点を分析していくとよく分かる。

大人の思考が通用するのは、やはり2学年以上からであり、幼児は計数そろばんで学習した方が、むしろ早く発達すると思われる。

最後は「意味の構造」が理解できなければ、そろばんは「条件づけ学習」に陥る可能性が高くなるので、この点を十分認識してほしい。

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